もうこれは殺すしかないんじゃないのか?というのはわりと本気で考え抜かれた末の結論だった。何故うら若き乙女が蛍の飛び交う夏の夜更けに恋仲の男の殺害について真剣に思索せねばならないのだろう。物騒な時代に生まれたものだなあ。とか考えてみるが時代は関係ないか。いつでも普遍的に、よくあるはなしである、痴情の縺れというやつは。
茹だる暑さで沸いているのかと思いきや、私の頭は結構冷静で、またそういう自分が恐ろしい。つまり一過性の怒りでなく殺したがっているわけなので。ああ。やだやだ。女臭い己が厭でたまらなくなる。惚れた私が悪いのだと心の底から思って潔く諦めてみたい。心のどこかであの人は私が一番好きだから、怒る権利もあるだろうみたいなことを考える自分が私は厭で仕方がない。大体あの男は私のことなんかきっと私が思っているほど好きではないのだ。


両目は冷えているのに涙だけが溢れ出して止まらなくて、手ぬぐいを目に押し付けてため息を吐いた。一緒に居る時間よりも一人で泣いている時間のほうがよほど長いような男を何故何時までも好きなのだろう。そんなにいじめられたいのかと自分で自分に尋ねたくなる。「苦しい。厭だ。逃げたい。小平太。」と今の心境と並べて男の名前を呟いたら、想像していたよりずっと惨めで馬鹿らしかったので、慌てて「死ね」と付け足した。そうだ本当に死んでくれたらいいのに。小平太が私を手放そうとしないでいる限り私はあの男が好きで好きでたまらなくて離れられなくて苦しいままなのだ。だからあいつを殺して全部終わらせたい。無理だけど。だってあいつのほうが喧嘩強くて私に執着も愛着も無い。あいしてるなんてうそなのだ。小平太は必要とあれば容易く躊躇いなく私を殺せるだろう。恋仲だったなんて誰も信じられないような呆気のなさで。そう思うとさらに泣けてくる。


蝉の声だけがする部屋の中で、荒い獣のような吐息と粘着質な水音が耳の奥にこびりついて離れない。私は一生あの厭な音を頭の中に保存して生きていくのだろうか?好いた男と他の女の情事の音声なんぞなんで聞かされなきゃならないの。かなしい。付き合いだしてからこれで通算二十五回目だ。浮気。小平太なんか好きにならなければ良かった。食満とか善法寺とかそれがだめなら立花とか、たとえ振り向いてもらえなかったとしてもこれよりはマシな結末を手に入れられそうな男はいるのに。きちんと一言さようならと言ってくれればそれですむのに。夜が明けたら小平太はきっと何食わぬ顔で私に会いにきて適当に「すまん!あれは遊びだ!私にはお前だけだぞ!」とかなんとか、謝った唇でそのまま、ハラ減った、とか抜かすのだ。考えただけで頭にくる。一番むかつくのはそれを平気で受け入れてしまいそうな自分だけれど。


「ああ、もう死んでしまいたい」


私は苦無を手に取って暫く眺めてから、長く伸ばした髪の毛をばさりと断ち切ってしまう。夜が明けてやってくるあのひとは、なんと言うだろうか。腫れた目にざんばらの髪の、美しくない私を捨てるだろうか。それならいい。それがいい。そもそもあの人が引導渡してくれないからいつまでもこんなんなんだ。愛してるなんて最低な嘘を吐くから逃げられないのだ。もういらないといわれたら流石の私だって諦めもつくだろう。殺そうなんて考えなくても大丈夫だ。私は拳を堅く握ってついには声を上げて泣きながら、やがて来る夜明けに焼き殺されるのをただじっと待っている。



(レージング)