善法寺伊作は自身を含めた旧友一同が揃いも揃って女に恵まれていないと考えているのだがこれは大きな勘違いで事実は寧ろその逆だ。逆、というのは俺たちに大変に女運があるという意味では勿論なく俺たちに引っかかってしまう女のほうが俺たちよりももっとずっと運がなくて気の毒だというだけの話である。善法寺伊作はあんなに優しげな顔をして物腰も柔らかく親切だが、実際付き合ってみると最悪にえげつなく情緒の欠片もない野郎だということがよくわかる。ほんわかした雰囲気につられてやってきた女が伊作の独善的なデート、即ち人体の不思議展とかスプラッタ映画だとかに付き合えるわけがないし、その上あいつは全然女の話を聞かないので振られるのは当たり前のことだ。最近漸く同じ穴の狢の彼女を作ってそこそこうまくやっているようなのでそのままうまくやってほしい。立花仙蔵は今でこそショタコンの痴女に失恋し続けているらしいがそれは多分天罰だと俺は思う。何故なら件のショタコンに恋をする前の仙蔵は後家倒しの異名をとる年上キラーで、難関であれば難関であるほど燃えるという性癖を持ち、ターゲットの女との出会いから別れまでを完璧に計算して徹底的に演出するという徹頭徹尾嘘、誠実さの欠片もない最低な真似を散々繰り返していたからだ。まあ仙蔵は別れも計算に入れていたせいで別れ方が綺麗なので相手の女性の未来に禍根を残さないというところは良かったのだが、潮江文次郎はその点最悪だった。現在はなんとかあの猟奇的な女と落ち着いているが、以前の奴はツンケンした冷たいタイプの女が好みで散々振られても絶対に諦めずに攻めて落すのだが、落とした瞬間どうでもよくなるようで女が甘えてきたりすると途端に冷淡になり最後には電話も取らないメールも返さない会いもしない生殺し状態で数ヶ月放置し、最後の最後に女が泣きながら別れを告げてくるのに黙って頷くという最低ぶりだった。鬼畜だろ。
俺は自分の周りに俺を弁護してくれる人間が一人もいないことを知っているし自己弁護ほどみっともないものもないと思うので、こいつらの仲間に数えられることに不満は言わないしこいつらと違って自分だけは本当に女運が無いのだと思っていることも主張しないが、少なくとも奴らより俺のほうが遥かにマシだとは言っておきたい。更に欲を言えばあまり比べないでほしい。そもそも俺は女に傷つけられることはあっても傷つけることは殆どなく、現に今まで付き合った女は全員自分から俺に告白し自分で俺を振って去って行ってるのである。しかも全員が全員同じような捨て台詞、ケマくんって父親みたいなんだよねー、を言うので俺はもう暫く女とは付き合いたくない。うんざりだ。俺らの仲間内でまともに女と付き合えるのは中在家長次ぐらいのものだという意見には珍しく伊作に同意せざるを得ない。 あと一人についてまだ述べていないが別に忘れたわけではないく、後回しにした理由は察しの通りこいつが俺らの中で最も酷い奴であるからなのだが、更に前置きをしておくと俺はこいつの恋愛について話をしたくない。罪悪感に苛まれるからだ。別に俺だけが悪いわけではないというか、本当に悪いのは当人一人なので俺が罪悪感を抱く必要は全然無く実際俺以外の面子は誰一人として事態の責任が自分にも少なからずあるなんて考えてはいないのだが、それでも俺は己の軽率さを後悔せずにはいられない。 長くなったが七松小平太のことだ。こいつは現在女子にストーカーされていると伊作に思われているのだがそれもまた伊作の勘違いである。彼女はきちんと手順に沿って小平太にアポを取り日にち場所時間を指定して会う約束を取り付けているのだ。小平太も了承して相互に結ばれたれっきとした正当な約束である。なのに何故ストーカーに見えるのか。それは小平太が毎回約束に来ないのを、彼女が必死で探し出して追いかけているからである。俺は以前小平太に頼んで携帯を見せてもらったのだが酷かった。 「明日は上野公園で10時に待ってます!」 「わかったぞ(^_^)」 「明日はサンシャインで10時に待ってます!」 「わかったぞ(^_^)」 「明日は(略) こんな調子のやり取りを毎日やっているのだ。明日は来るかもしれない!と思い彼女は毎日化粧をし余所行きの服を着弁当を作って小平太を待っている。しかし小平太は基本的に全ての誘いを受けておいて行きたいのにだけ行くという最低な人間なので絶対に彼女の元へは行かない。それでも彼女は後に引かない。引けないのかもしれない。彼女は小平太と付き合うために推薦で決まっていた九州の国立大学を蹴っ飛ばして一浪し俺たちと同じ大学に入学したという経緯がある。そこまで犠牲を払っておいておいそれと後に引けない気持ちはまあわからなくない。でもここでまた疑問が出てくる。何故そんなにも小平太と付き合いたいんだ? で、俺の罪悪感の原因が顔を出すのである。あれは高三の夏の話だ。小平太は陸上部のエース、高校記録を持つ引く手数多のアスリートだったので、学科は壊滅的、毎年進級すら危うかった身分の癖に誰よりも早く推薦で大学進学を決めやがった。高校からエスカレーター式で上がれる大学だったので、羨みながらもまあ俺らだってなんとかなるだろうと暢気に構えていたのだが、その年から急に大学の内部進学の考査基準が厳しくなると発表され、俺らの必死の受験勉強が始まった。伊作は運が悪く、俺は大して頭が良くないので特に必死だった。長次も、勉強はできるがサボり癖があったので成績が悪く、推薦は厳しいといわれ勉強に追われていた。仙蔵は論文で入試を受けるつもりらしく図書館に通いつめ、文次郎は念には念をいれるタイプなので推薦試験に備えてしつこいほどに面接の練習を繰り返していた。しかし、小平太は暇だった。そりゃそうだ。その間、俺たちは小平太を野放しにしておいたのだから。息抜きにと合間に六人で文次郎の家に集まってメシを食ったときの会話を俺は鮮明に覚えている。 「なんか最近つまらんなあ。皆忙しそうだし」 「じゃあ勉強しなよ小平太」 「嫌だ!」 「・・・・もう少しの辛抱だ」 「ええー。もう待てんぞ。暇すぎる!」 「彼女でも誘えよ」 「別れた!」 「またか」 「文次郎もだろ」 「うるせー」 「では新しく女をひっかけたらどうだ」 「すぐ怒るからなー女って」 「いや怒らせることすんなよ」 「付き合うのが面倒なら一人一晩限りで100人斬でもすればいいだろう」 「ちゃんと避妊するんだぞ!」 何気ない猥談の筈だった。一晩限りで100人斬り。そんなものはそのあとすぐに別の話題に流れて消えたのに、円周率は3すら覚えていないのに、奴はその言葉を忘れなかった。以来小平太は、暇に任せて行きずりのセックスをしまくったらしい。俺たちが野放しにしておいたせいで。元々奔放で神出鬼没な奴なので俺たちがそんなことに気が付いたのは被害者が100人目になってからだった。「私今日で百人斬ったぞ!」と小平太がわざわざ報告してこなければ、きっと永遠に知らなかっただろう。彼女は、 は、仲間内で伝説化した七松小平太100人斬の、最後の被害者である。詳細は知らん。知りたくもない。これ以上の最悪はもう必要ない。本当に最悪のフルコースなのだ。この最後の被害者、 は、いまどき珍しいほどに潔癖なところのある子で、セックスなんて結婚するまでしない!というタイプだった。古い家の子らしい。だから彼女は、処女を捧げてしまった小平太のことを諦められないのだ。 は純潔を捧げた小平太と結婚するために、決まっていた大学を蹴り、浪人し、俺たちのひとつ下として大学に入り、小平太にアタックをかけるようになったのだ。そう本人から聞いた。思わず土下座した俺に向かって は目を恥ずかしそうに伏せ、食満くんは全然悪くないよ、私がしっかりしてなかったのがわるいんだよ、と言った。本当に気の毒なことに、 はちょっと融通が利かないが、すごくいい子なのだ。どんなに待たされても怒らないし、また明日もきっと小平太に待たされるのだ。 「なあ、明日俺が小平太つれて行くよ」 ある日、彼女のあまりにもな不憫さに負けた俺はついそんなことを言った。「上野動物園で10時に待ってます!」と がメールを送り、小平太が「おう!」という返信を送ってきたときのことだった。 「ほ、ほんとに!?」 すると はでかい目で俺を見上げ、光リ出しそうな笑顔を浮かべて喜んだ。食満くんありがとう、という に、何がありがとうだ、と俺は思った。諦めたほうがいいに決まってる。望みなんかない。以前小平太に のことが嫌いなのかと尋ねたら、小平太は「いや?私のこと好きな子は好きだぞ?」と答えた。最低な男なんだ。でも俺はやめろとは言い出せなかった。あんまり嬉しそうに笑うから。しかしこれで小平太が俺の言うことを素直に聞いて彼女と真面目にデートに勤しむような奴だったら彼女はもっとまともに幸せを手に入れられていただろう。翌日の俺はどうにか小平太を説得して予定の時間に間に合わせたが、 と小平太がまともに会話できたのは初めの5分だけだった。小平太は のことなんか殆ど眼中にもない様子で動物園をひとりで走り回り早々にどっかに消えた。ぽつんと取残された彼女の背中を見かねて、俺は躊躇いつつも遂に、小平太はやめたほうがいい、と切り出した。絶対に無理だ。残念だが犬に噛まれたようなもんだと思って忘れろと俺は言った。しかし は細い肩を震わせ、俺を振り返り、首を振って、涙声でこう零した。 「すきなの・・・」 俺は頭の中で何かが切れる音を感じた。小さく吐息してポケットからハンカチを取り出し泣いている に渡して彼女に背を向け、全力疾走で小平太を追う。暫くして見つけた、猿を見てはしゃいでいる背中にむかい思いっきり飛び蹴りをかまし、すかさず応戦してくる小平太の礫のような拳を両手でなんとか止めて絶叫。 「明日から1週間毎日飯作りに行ってやるから今日は彼女のペースに合わせてやってくれ!五時まででいいから!」 「マジで!?私鍋がいい!!」 ![]() |