※いつものことだけど、趣味に走りすぎているのでワンクッション
転生パロです。綾部もヒロインも成人してから出会います
綾部と二人で自分の墓参りに行く話です。勝手に学園がなくなったりしてます。なんつーか、もう滅茶苦茶です。
スカッとする話が書きたかったんだって言ったら信じてもらえないかな・・・


























初対面の開口一番、の口をついて出たのは謝罪の言葉だった。何の前触れもない、いかにも唐突な台詞だったので、脇に座っていた彼女の叔母はそれを拒絶の言葉ととって、あまりにもな失礼さに蒼白となったが、不肖の姪を諫めようと顔を傾けたとき目に入った姪の見合い相手の顔が更に突拍子もない表情を浮かべていたので、開いた口を閉じるのも忘れてしまった。喜八郎は、女と見紛うような花貌を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにして、世界中の悲しみをそこに集めたみたいに号泣していたのだった。本人たち以外にはわけのわからぬ状況で、その場の人間は取りあえずこの見合いの失敗だけは間違いないと確信したが、紹介者の頭越しに当の二人は逢瀬を重ね、さっさと同棲を決め、婚約も済ませて婚前旅行と洒落込んでいる。両家の親戚一同の間で伝説と化した料亭での対面から二年がたっていたが、見合いの企画者だったの叔母と喜八郎の兄は未だに釈然としないらしく、会うたび二人に小言を漏らしている。しかしと喜八郎に言わせれば、お互いの反応は極あたりまえのものであった。にしてみれば最後の最後に約束を違えて彼を置き去りにしてしまったことは悔いても悔やみきれぬ事実であり、針を千本飲んでも足りないぐらいだと思っていたし、喜八郎に言わせれば自分を騙して一人で逝った恋しくて恋しくてたまらなかった嘗ての恋人と400年ぶりに顔をあわせたのだから、それは涙も鼻水もとめどなくて当然であろうといったところである。勿論彼と彼女は多少変わりものではあったものの、現実の生活を営む現実的な大人になっていたので、態々家族に精神科を紹介されかねない話などしなかったけれど。秘密の共有はふたりだけで十分というものだ。

もう駄目かと思っていた、とは言った。喜八郎も同様であった。お互い二十台も後半に差し掛かっていたが、重すぎた記憶の中の恋人の存在を思い続けて結局、現世ではただの一度も浮いた話がなかった。しかし待ちくたびれて半ばヤケクソで乗っかった見合いで再開とは些かできすぎな気もする、と二人は思う。そういうことはふたりの婚約に百本の赤い薔薇の花束を押し付けて祝意とした平滝夜叉丸が代弁してくれたのであえて口には出さないが。なんにせよまた逢えた。だからもうそれだけでいいのだ。

結婚前にそこへ行こうと言い出したのは喜八郎だった。喜八郎がそう望むならには異存がない。何せ前世、約束を破ってしまったので、は兎に角喜八郎の意に沿うように動いていた。元からそうだったのだが、現世では従順さに拍車がかかっている。は日曜日、喜八郎が眠っている間に旅行代理店へ出かけて宿を押さえ、京都行きの新幹線の切符を二枚手配した。喜八郎は人ごみを嫌うから、きちんとグリーン車を取った。それから三日経って、ふたりは飼い猫を隣りに住む久々知兵助に預け、旅行鞄をひとつずつ携えて出立した。旅行代理店で貰ったパンフレットを見ながら、喜八郎はなんどもあくびをした。三十三間堂と正倉院はすこし見たいな、とが呟くと、私は華厳の滝が見たいと喜八郎は言った。

宿に荷物を置いて、持ってきたズックに履き替えてから、二人は電車を乗り継ぎ、バスを乗り継ぎ、暫く歩いて、その山にたどり着いた。鬱蒼とした森の中は舗装もされておらず、頼りない獣道が続くのみである。昼間だというのに森は薄暗かったが、二人は足を止めることもなく山へ入った。途中、喜八郎は何か見覚えのあるものを見つけたらしく、しばらく足を止めて、それから、立花先輩も来たのか、と言った。彼が何を以ってそれを知ったのか、にはついぞわからなかった。喜八郎はの手を握って、より先に、獣道をずんずんと進む。慣れてるねと言ったら、それはもうと返された。続けてお前もでしょう、と彼は笑ったように見えた。

到着した場所は山と山の境目の、つまり谷なのだが、ちょうど開けた場所だった。木と草が生い茂るばかりで、特に何もない。喜八郎はそばにあった岩に腰を下ろした。もそれに続く。二人は手を握ったまま、暫く黙ってその空間を見ていた。

「やっぱり何も残ってないね」
「400年だからね」
「まあ、お前を埋めに来たときには、既に何にも無かったんだけど」

天下人が決まりつつあった頃、忍という職業の先がそう長くないことを悟った学園はその看板を下ろして、跡形も無く消えてしまっていた。喜八郎がを屠る丁度2年前のことだった。ふと見ればそこかしこに花束が見える。皆ここへ来るのだろうかとは思った。自分や喜八郎や立花仙蔵のように。

「おいで」
「どこいくの?」
「お前を埋めた場所」

そんな昔のこと、しかもこんな野原で、わかるはずがないだろうとは思ったが、喜八郎に言わせれば、忘れるはずが無いらしい。喜八郎は本当に明瞭に覚えているらしく、方角も碌にわからない森の中を迷い無く進んだ。巨大な橡の木の傍で彼は立ち止まり、に向き直る。ここ。と彼は言う。墓標も無い。橡がそうなのかと思ったら、喜八郎が指差したのは木よりもすこし離れた地面だった。

「ここ」

はしゃがんで、不思議に平な地面を触った。が同級生との、もしも戦場で会っても全力で戦うという約束を、破って自ら喜八郎の剣に引き裂かれた場所は、この山からはかなり離れていたはずだった。約束を破ったのに、こんなところまで連れて戻ってきてくれたのかと思うと、涙がすこし零れた。

「きちんと6フィート埋めた?」
「もっと深いよ。私を誰だと思っているの」

四年い組の穴掘り小僧。この下に私の死骸があるのね、とは涙を零しながら、薄く微笑んでいた。晴れ晴れとした笑顔だった。ちょっと掘り返してみたいなと続ける。喜八郎は真面目に首を振った。

「駄目だよ。鋤子ちゃんもお前と一緒に埋めてしまったから」

喜八郎がそう言うと、はすこし目を瞬いて、ああ、だから私、ずっとひとりでも寂しくなかったのね、と呟いた。そうして肩にかけた鞄の中から、線香とマッチを取り出して火をつけて、硬い地面にそっと挿した。喜八郎が手を合わせる。

「あのときは、ごめんね」
「うん。でも、もう全部許してあげる」

線香の煙が抜けるような青空へ昇っていく。平和な時代の昼のことだった。





(昔々を葬る)