ぼくの友人というのは総じて皆女運に恵まれていない。仙蔵の件については幾度も話題に上っていると思うし、ここでまたその話を出すというのもあまりに彼に気の毒なので控えるけれど、彼の件を差し引いても、潮江文次郎は高校時代敵対関係にあった高校の首魁の元ヤンで彼の足の生爪をはがして川に突き落としたことのある女と何故か交際しているし、食満留三郎はチョイ悪(死語か?)と思い込んで群がってきた女たちに「なんかイメージと違った」という一言で振られることが五回も続いて軽い女性不信になっているし、七松小平太は大学にあがってからというもの、やたらちんまりした女子からストーカーされているし、まあこれは本人が全く気にしていないというか気付いていないので別にいいが、結局ぼくたちの中でまともな女性とまともな付き合いが出来そうなのは中在家長次ぐらいのものだ。かく言うぼくも勿論例に漏れずである。これについては最早弁解の余地もないので否定する気も起きはしない。そもそも生まれつきの不運を自認するぼくが女性関係に恵まれているという奇跡が起ころう筈もないので、端から期待もしていないのだ。ぼくもまた留三郎と同じく「なんかイメージと違った」という一撃必殺で斬りつけられたことは数え切れないほどだけれど、彼より余程耐性があるし女性不信にも陥らない。しかし留三郎はよくぼくに「見た目ほど優しくない」というのは「見た目ほど悪じゃない」よりずっと最悪な振られ方だから一緒にするなと抗議してくる。どちらにしても振られたことにかわりはないのに、みみっちいところのある奴だと思う。その神経の細さが彼女たちに振られた原因だと気付いていない。

とにかくこういったわけで以前のぼくは女の子には、身体以外のなにも期待もせずに生きてきた。交際前と交際後で「伊作くんって優しいよね」から「伊作くんって全然やさしくない」と180度意見を変えることをまったく憚らない女の子たちの言を、いちいち気にしてもしかたがない。ぼくに告白してきた女の子の顔が好みならお付き合いして、振られたときは肩を竦める、そういう立場でやってきたのだ。これまでの最長交際期間は一ヶ月と28日間で、相手は眼鏡をかけた学級委員長タイプの可愛い女の子だったが、別れ際に「あと三日で2ヶ月持ったのに」と言ったら頬を張られた、のも懐かしい思い出だ。

そう。聞いて驚かないでくれ、ぼくは今、去年の夏、酔った勢いで事に及んでしまい成り行きで付き合い始めた女と1年も続いているのである。絶対一週間持たないと思っていたのだが、ちょっとした奇跡ではないだろうか。この女は性格が全く持って可愛くないというか全然ぼく好みじゃないのだけれど、小造りの綺麗な顔立ちをしているし、身長は160センチ以下だし、足も細いし、胸もそこそこあるし、性格は全然可愛くないけど「おにいちゃん」っていう言葉がすごく似合いそうな外見で、色も白いし、とにかく見目だけははとても良い。あと料理も巧い。性格は全然可愛くないけど。ちょっと前戯省いても特に文句言わないし、まあ及第点だろう。まあ性格はほんとうに可愛くないんだけど。

「お前と一年も付き合える女がいるなんてな・・・」
「うん、まあギリギリだけどな。性格は正直全然好みじゃないし」
がお前によく我慢できるなって言ってんだよ。何サラッとすり替えてんだ」

留三郎は随分失礼なことを言う。がぼくの性格に我慢をしているとしても、ぼくだっての性格に我慢している。以前サークルの飲み会でお互いのどこが好きなのか、ということを聞かれたときぼくとはお互いの顔を見合わせ、それから異口同音に「顔」と言って場を凍りつかせたことがあるが、こういうところがの本当に可愛くない点だと思う。そういうときは「伊作くんひどいよ☆」と言って頬を膨らませるのが正しい女の子のありかただろう。にそう言うと彼女はぼくには一瞥もくれずに、死ね、と断じた。一連の流れを見ていた竹谷が「先輩方何で付き合ってるんですか?」と力なく呟いていた。

しかし、不満は星の数ほどあるけれど、ぼくたちがお互いお互い以上の相手を見つけられるとは思えないのもまた事実なのだ。は何に対しても淡白すぎるマグロ女だし、ぼくは女運がまったくといっていいほどないし。基本的に精神面での干渉は少なめであるし、大学卒業したら結婚するかなあとぼくは思っていた。そういう人生設計を漠然としていた。しかし現実というのはあまりうまくいかないもので、こういう話を急に語りだした時点でおわかりのことだと思うけれどぼくは今非常に困っている。というのも先週久しぶりにと大きな怒鳴りあいの喧嘩をしてしまい、結果的にが部屋を出て行って、帰ってこないからだ。電話もつながらない。そわそわしていたらメールがきて、開いてみたらひとこと、死ね、と書かれていた。本当に見下げ果てた女だ、今のところ作中で死ね以外のメッセージを発していない。しかし考えてみて欲しい、このまま出て行かれると1年間の我慢の数々はすべて無駄になってしまい、その上将来安定した食事を供給してくれる予定の人間を失ってしまうことになり、それは非常にこまるので、ぼくは仕方なくとわりかし仲良くしている留三郎と仙蔵に電話をかけてファミレスに呼び出した。留三郎は通常通りだったが、少し遅れてやってきた仙蔵はつかれきった顔をしていた。きっとあのショタコンにまた一杯食わされたのだろうなとぼくは思った。

「頼むから私をつき合わせるのはやめてくれ」
「右に同じだな。お前らと関わっても碌なことにならん」
「酷いな!ぼくがと別れてもいいのか?」
「全然問題ねえよ」
「むしろにはそっちのほうが幸せだろうな」
「とにかくを呼び出してくれ。あの女着信拒否してるんだよ。酷くないか?普通なんらかの意見の交換があってもいいだろう」

イライラしながらそう言うと、仙蔵は珈琲カップに口をつけながら呆れ口調で、「そもそもなんで喧嘩したんだ」と聞いた。ああ、思い出すのも腹立たしい。ぼくは歯噛みしながら応えた。

「腸だ」
「はあ?」

確かに声を荒げたのはぼくが悪かったといえるかもしれない。だけどこれだけは確信を持っていえるが、ぼくは間違ったことを言ったわけではないのだ。

事の発端はツタヤで借りてきたビデオだ。ぼくとの共通の話題は人体関連しかない。デートは「人体の不思議展」に行ったきりである。出かけたあとに『人体の不思議展では中国で虐殺された政治犯の死体を無許可で加工して展示している』という真実味のある噂を聞き筋繊維をコッソリつついていたが珍しく真っ青になっていた、というのは置いておいて、だからぼくとはツタヤで『死霊の腸』という、超スプラッタ、トラウマ必至、というわくわくせずにいられないような文字の躍るパッケージのビデオを借りて家に帰り、二人仲良くテレビの前に座ってビデオを見たのだ。

このビデオの出来は非常に悪かった。駄作だ。古い病院で死体を漬けるホルマリンのプールから、怨念によって動く死体たちが飛び出してきて、医者や看護婦や患者の身体を引き裂きまくるという内容なのだが、これがもう、本当に残念。何故って、腸を引き裂くたびに、臓器の出てくる順番がそれぞればらばら。そんなのってあるか?ぼくとはもうガッカリっていうか、非常にうんざりして、途中でテレビを消してしまった。そしてうんざりしたまま二人で夕食をとった。そしてがこう言ったのだ。

「十二指腸を引きずり出したら次は胃なのに。あの医者、膵臓っぽいのが先に出てた。無茶苦茶だわ」
「・・・・きみは何を言っているんだ?十二指腸のつぎは肝臓に決まっているだろう!」

ということで、人体模型の仁くんや人体図説を取り出してきて怒鳴りあい詰りあいに発展、しまいには仁くんの肝臓や胃が空中を飛び交って大喧嘩、は家を出て行った。

「ほら、全然ぼくは悪くないだろ。十二指腸の次は肝臓だ」

そしてぼくが留三郎にぶん殴られて昏倒している間に、仙蔵が電話をかけてを呼び出した。このふたりは実はすごくいいコンビプレイをするな、と思っていると、30分ぐらいしてが姿を現した。非常に不機嫌そうに眉間に皺を寄せている。そうして押し黙ったまま仙蔵の隣に腰掛けて、向かい合った僕をじろりと睨みつけた。ぼくは留三郎に殴られて垂れた鼻血が未だに止まらずずっとナプキンで抑えていたのだが、留三郎がぼくの頭を全く容赦せずに肘で小突いて謝れ謝れ謝れと五月蝿いのでしかたがなく、諦めてに視線を合わせた。

「とりあえず、怒鳴ったのはぼくが悪かった。赦せないというのなら殴ってもいいし三センチぐらい脇腹切って中を覗くぐらいしてもいい」
すると彼女は鼻に掛かった腹立たしい笑い方をして肩を竦めた。
「あのさあ、私殴ったり犯罪に手を染めたりするほど伊作のこと好きじゃないよ。それに昨日数馬くんのおうちの病院で盲腸の手術見学させてもらったし」
「なんだよそれ!?どうしてぼくを呼ばなかったんだ!」

ぼくが怒鳴っても彼女は何処吹く風といった感じで運ばれてきたチョコパフェを頬張り始めた。いつ頼んだんだ。ぼくは怒りが収まらず、数馬に電話して無理を言い、その夜三反田病院の胃潰瘍の手術を見学した。も当然の如く着いてきたのでそのまま一緒に部屋に帰り、やることをやって寝た。





次の日、秋のわりに矢鱈と暑い日ざしの中を、と二人でたらたらと歩いて大学へ向っていると、迎い側の歩道に仙蔵が立っていた。ぼくが軽く手をあげて近づき、一応仲直りしたことを告げると、仙蔵は全世界を呪うような邪悪な顔をして一言、「爆発しろ」と言って去っていった。人殺しのような目をしていた。