高校時代からの後輩の久々知兵助はデカいクリクリおめめと長い睫、豆腐のような白い肌を持つ女顔負けの美形であるのだが、そういう先天的優位性を全て水泡へと帰すほどファッションセンスがなくてそこにあるものを着る、もっと言えばそこにあるものしか着ない。あるものというのは勿論お父さんに貰ったという毛玉だらけのセーター、だぶだぶのトレーナー、土産モノの文字Tシャツなど、まあそれなりに多岐に渡るがとにかく皆例外なくダサい。ちなみにズボンの出所はほぼ間違いなくジャスコか西友の二者択一オーマイマイ、拘りが無いことも此処までくれば罪だとわたしは思う。なにせ顔がいいのでその出で立ちはよりいっそう悲劇的だ。わたしの知り合いには残念な美形が非常に多く居て、眉目秀麗の見本のような顔をしていながらペドフィリアの痴女に岡惚れしてしまった立花仙蔵、正統派美男子なのにドジで不運でうんこ委員長な善法寺伊作、端正な顔を持ちつつ何処か残念な影の付きまとう食満留三郎など例をあげれば枚挙に暇が無く、さらに潮江文次郎などはそこそこ男前な顔をしていながら高校の時分、指定のジャージはワンサイズでかいのを買うものだという慣わしを知らずピッチリ・バッチリ・ジャストフィットで購入、「ラジオ体操のオッサン」の名を欲しい侭にしていたりもした、がやはり久々知のファッションセンスの壊滅ぶりに勝るものなどおらぬ。

勿論わたしはそんなことで引いたりするような人間ではないしそんな面白いことを逃すはずもない。高校の文化祭実行委員会で休日に久々知と二人で出かけた折に天啓を得たわたしはそれ以来出先で面白いTシャツ・ポロシャツ・トレーナーなどを見つけると速やかに購入、久々知に進呈することにした。久々知は何の疑いも持たずわたしの買ってきた、悲しそうな顔をしてテーブルに座りトンカツを眺めるブタの親子、「日本人なら米食え」というドナルド・マクドナルド、白地に筆のような質感の字でドM、表に曖で裏に昧、などと洗練されたプリントを施されたTシャツ・ポロシャツ・トレーナーを着る。久々知家の服飾費も助かる。わたしはたいへん愉快で面白い。ほらね。これでいいじゃない?というわけでわたしたちは毎日とても平和だった。平和というものが容易くぶち壊されるものだということもしらず。



炎天下。同じ学部の後輩の女子から呼び出しを受けて指定の喫茶店へとのこのこ出かけていくとそこでは団体用の大きな席に見覚えのない女の子と見覚えのある女の子がフィフティー・フィフティーぐらいの割合で皆一様に唇を引き結んで鎮座。いやだなあこわいなあと思いつつ促された席に着くと真ん中よりすこし右に座ったリーダー格らしきくっきりした目鼻立ちの女子がぎろりとわたしを睨んでる。喫茶店で袋叩きとは逆に新しいななどと考えて現実を逃避しているとリーダーはサーモンピンクのグロスに彩られた唇を開いた。

「久々知君の服を選んでるのは先輩だって聞きました」
「そうね」

すると女子はカッと目を見開いて、「もうやめてください!久々知くんがかわいそうだと思わないんですか?久々知くんは天然なんです、自分がダサいTシャツで笑われてることわかってないんです」などと言った。さてわたしは衝撃をうけ、というか正直非常に腹が立ち、「ざっけんなドアホ!そんなん久々知に言え!」と叫んで女に水をぶっ掛けてやりたかったがそこは半分大人、我慢してアイスコーヒーをひとくち嚥下して煮えくり返る腸を冷やしにっこりと微笑んだ。ストローの先は力を入れて噛締めすぎて語源どおり藁のようだった。

「わかったわ。これからはもうしない。悪気があったわけじゃないのよ。久々知君にはあなたたちからお洋服をプレゼントしてあげたらどうかしら」

それだけ言うとわたしは席を立って五百円玉をテーブルに置き、踵を返した。自動ドアをでて身体を生ぬるい空気がむわりと抱いたときにあああれが世に聞くファンクラブというものなのかと気付く。わたしは思い立ったら吉日なので鞄から携帯を取り出してプッシュ、「もうわたしの買った服きないで」と久々知にメールしてから帰路に着き、クーラーガンガンにかけた部屋で羽根布団を抱いて爆睡しようとしたら例の後輩からまたも電話がきてついに怒髪天、カッとなって携帯を逆パカして寝た。

それから三日ほど経ってわたしが徹夜で何の興味も無い学科のレポートを書いているとチャイムがなった。睡眠不足と逼迫した単位に追いつめられていたわたしは当然の如く無視。しかし不躾な来客は一度目のチャイムの余韻が消えてしばらくするとぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぴん、ともう地団太を踏む幼稚園児のようにけたたましくチャイムを鳴らしてくれてレポートどころでなくなった。仕方が無くドアをあけるとそこには久々知兵助。相変わらずダサいポロシャツってわたしが選んだんだけど。久々知は一度頭を下げるとわたしが促す前に部屋に入ってきた。正直にいえば迷惑だったが久々知は妙なところで頑固な男なのでこうときめたら何度でてけといっても絶対に出て行ったりしない。溜息をついてわたしは久々知をソファに座らせ麦茶を用意して差し出した。久々知は黙って頭を下げて何も言わない。わたしは非常に焦れて、
「久々知、わたしシャツ着ないように言わなかったっけ?」
と言った。久々知は無表情のままで頷いた。
「見ました」
「で」
「納得できません」

わたしだって好きで言ったんじゃないんですけど。というか、別にそこまでして着るほどの服か?と思いながら髪をかきあげて麦茶のグラスをかたむけ、わたしは三日前の不愉快な出来事について話すことにした。久々知のファンクラブの女の子がわたしを呼び出してね、久々知君にはもっとかっこいい服が似合うからもう変なの着ないように言ってくださいって厳密には違うけどそういうことを言われたんですよ。

「あのこたちにあんたに服プレゼントしてあげなって言っといたから。もらわなかった?」

すると久々知はグラスを堅く握り締めて俯いき、「貰いました」と蚊のなくような声で呟いた。怪訝に思ったわたしは取り合えず久々知に目線を合わせるべく膝をつき、久々知の顔を見上げて驚愕した。

「俺は先輩がくれたから、」

大きなくりくりの可愛らしい目が涙で潤んでいたのである。




あ、ごめんわたしが悪いわ、とよく考えればそこまで悪くないと思うのだがそのとき非常な罪悪感に襲われたわたしはレポートも何もかもほっぽりだし家の電話で知己の中でも群を抜いてお洒落な斉藤タカ丸を呼び出して久々知を伴いユニクロへ向ったのだった。



マイフェア、