どうして自分より美しい男と町を歩けるんだというのが私と立花の健全でもないおつきあいに対する級友たちの感想というか疑問で、私の友達はなにゆえどいつもこいつもデリカシーを異常なまでに欠いているのだろうというのが私の疑問。そういうのは本人の前で言うことではないということを誰かひとりぐらい気付いてもいいと思うのだが誰も気にもせず一日二度は尋ねられる其の質問に事実は事実だから返す言葉もない私はただ立花に聞いてくれと返す。怒りは沸かない。私だって立花が何故私なんぞ選ばなければならなかったのかさっぱりわからないので。ちなみに私が立花本人にそれを聞けないのはけして怖いとかそういう、乙女チックな理由からではなく告白されたとき「何故私」と聞いたら拳で殴り飛ばされた経験があるからだ。私は背中を地面にしたたか打ち付けて鞠のように弾み奥歯が二本折れた。何が彼の逆鱗に触れたのか未だにわからない。仮にも惚れている女の奥歯を二本持っていくほどの怒りとは一体どんなもんなのか。とりあえず解ることは腹をたてた立花は女相手だって容赦したりしないってことだ。良く言えば公平で正直。悪く言えばアホ。


阿呆。


しかしまあこんなことを言って立花が冷血暴君のように思われるのは、彼の恋人としてまあ、聊か困らないわけでもないので一応フォローしておくと意外にも彼は沸点が高い。単に他人と怒るポイントが違うのかもしれないけれど。遠くで見ているよりもずっと男っぽくていい奴なのだ。そういうことは付き合いだしてから知った。要するにドツボに嵌まったのである。くの一の風上にも置けない、私もアホだと自嘲した。不意に唇から零れたのは嘲笑にもならないような疲れ切った嘆息だった。白湯を貼った桶を抱え直して唇を噛む。


阿呆。




申し訳程度についた屋根は横から叩きつけるように降り込んでくる雨にはなんの効力もなく床はずるずると濡れていて、足袋の内側に水が染みこんで侵食されているようでとてもひどく気持ちが悪い。夏になりかけた季節の雨雲は瑞々しい灰色に膨らんで白日を遮り景色を退廃的に染める。気圧の変化で立花の折った奥歯がぎいぎいと軋む気がするが多分気の所為できっとただ痛いだけだ。そう。


障子を開けると私より白いんじゃなかろうかと思われる、ぞっとするほど美しい腕が天井に向って掻くように伸ばされていて背筋があわ立った。そんなところに手を伸ばしても何にもないのに。何か言おうとするのに口からは息だけが漏れて私はただの馬鹿のようだった。「か」と立花が笑った。目を包帯で覆われているのでよくわからない。機嫌がいいときはそういうふうに笑っているみたいな息で名前を呼ばれるからそうだろうと推測しただけだ。


「・・・具合はいいのね」


私がそう言ったのはただの意地だ。矜持なんて呼べるものじゃない。立花は全てわかってるみたいに「ああ」と相槌を打ってまた笑った。運がよかった。と彼は言う。彼以外も言う。今回は死んでもおかしくなかったんだと。そうだ。忍びになるというのはそういうことなのだ。私は、一体なにをやっているのだろう?何を震えてるんだ。立花が、細い、骨張った手を差し出すのを、私は握れないままだ。膝の上で、ぎゅうと握り締めた拳。立花はまだ目は見えていないはずなのに、手を伸ばして私の拳を包み込んだ。見えてる私はこのざまなのに。逆だったら良かったね。でも殴られるのは嫌なので言わなかった。変わりに拳をといて彼の手を握った。冷たい手だ。でも生きてる。


「・・・早く治しなよ。そしたらくの一教室で習ったご奉仕スペシャルやってあげる。一発昇天だよ」
「やるほうが好みだ」
「・・・ドS」
「そんなことよりこのまえ食満の言ってた団子屋に行きたいな。二人で」


とか立花が言うので遂に私はついに嗚咽が漏れ鼻水がたれ涙も垂れてとんでもないことになる。そんなことってお前私のご奉仕スペシャルより二人で連れ立って団子屋に行くほうがたのしみだというの。なんだそれ。


純愛みたいじゃない。


「泣くなよ。お前泣くと酷いぞ、顔」
うっそつけ立花お前初めてのとき私の泣き顔に欲情したくせに
立花はどうせ否定しないだろうからそれは言わないで、好きだと、そうだと言われるのが怖い私は差し出される白い骨張った手をぎりぎり握った。


(臆病な約束)