死ねお前が死ね大嫌い俺もだ居なくなれ去ね去れ消えろどっか遠くへ消滅しろと言い合い続けて気が付いたら日が暮れていて非常に不毛な一日を過ごした気になっていたのだけれど食満の足元にはピカピカに整備された諸用具が並び私の前には読み終えた本が六冊ばかりつみあがっていたので悪口の応酬をし合いながらでも色々なことができる自分たちの便利な機能に感心しつつこんだけフィーリング合うならもうむしろ結婚でもするべきではないだろうかと思って提案したところ死んでもご免だ馬鹿がと返されて私は同感だと頷いて鬼籍にはいることを考え始め焼かれて骨になった私と食満が仲良く墓の中で並んでいるところを想像して食満が私を嫁にするほど馬鹿なわけないし有得なさ過ぎてすこし愉快になって呵呵と大笑した。七冊目の本が指の間から滑り落ちて笠利と乾いた音を立てて項が折れ曲がり中在家長次の陰気な笑顔が脳裏に浮んで背筋が寒くなり心の中でだけその図書委員長に詫びを入れる。これは図書室のものではなく食満の私物であるのだがな・ん・と・な・く目の前の私に背中を向けて何某かを一心に磨いている男に謝る気が沸かなかったのは殆ど唇から自動的に飛び出していき飛び出してきた罵詈雑言の所為では多分なくただたんに口を開くのにもう飽きていただけだろう。私と食満が二人で居るときは大体いつもこんな感じであるし半日ばかり言い合いをし続けていたとしても何も腹の立つことなど無いのである。だからね。

とたとたと廊下で足音がしてわたしは本を閉じ直して六冊目の本の上に積み畳に耳をつけて目を閉じて足音の主であろう善法寺伊作がこの障子を開けて何を言うのだろうかと予想し食満は足音に気付いたのか顔を上げて何故だか小さく舌を打ったが何故かは知らぬ。伊作が障子を小さくあけて隙間から焦げ茶の柔らかそうな髪を覗かせつつそろそろ食堂へ行こうというがやはりなぜか食満は舌打ちをする。私は敢えてそこに触れずに立ち上がって髪の毛を直し伊作も仕切りの向こうの彼の領域で何かごそごそとやってから誘うように外へ出たのでそれに続く。この六年間で男子寮に入り浸って酒飲んだり暴れたり賭博したりして遊びまわる阿呆の女の存在に皆すっかりなれてしまって忍たま長屋は女人禁制だというようなものはもういない。言われたらとりあえずその場ぐらいは黙って出て行くのだが。そういえば最後までしぶとく監視の目を光らせていた安藤先生には五年次にあがったぐらいのころからめっきりあわなくなった。諦めたか。あの先生も随分不思議な人だが悪気はないのだろうなと思うがやはりどちらかと言えば、否、言うまでもなく私は土井先生のほうが好きだし仲良くしたいなあという気がする。伊作が前で止まっているので私はそれをすり抜けて前へでて進むが足音が続かないので振り返ると伊作が口元に苦笑を浮かべ食満にむかって手を合わせて何か言っている。なんだ食満はいつのまにか観音様にでもなったのかとは勿論思わず多分なにかの不運に巻き込んだことを詫びているのだろうと思う。伊作は何故か反対方向へ消える。食満は私を見据えて真直ぐに歩いてくる。

「伊作は」
「知るか」
「なんで」
「何でもいいだろう」

まあ確かに。色々事情があるんだろうと頷くと何故だか食満はふうと長く嘆息した。つくづく意味のわからん男だと思い自分より随分高い食満の顔を見上げると薄く笑われてなんだか秘密でも話されたような気になる。何の秘密も無いのだが。男は、餓鬼だ子供だと思っているとなんだか時々酷く不安定な大人の顔をするのでやりきれない。こいつだけでなく伊作も仙蔵も長次も小平太もそういうときがある。潮江だけはそういうことがないが。あいつは大人とか子供とか以前にひたすら馬鹿で一直線でわかりやすいから相手をするのが大変楽だ。食堂から香ばしい匂いが漂ってきて昼に兵庫水軍の何某かが肴をもってやってきただのと云う話を聞いたので多分今日は焼き魚だろうと思う。何十歩か後ろでそろそろと忍んで私たちの後ろをついてくるのだがピンポイントで床の軋む場所を踏んでいるためにどうしてもわかってしまう足音がして嗚呼伊作なんで隠れているのだろうと思うのだが敢えて口にはしない。食満は気付いていないのか何も言わないで機嫌がいい。私は腹に手を当てる。

「お腹すいたなあ」
「お前さっき饅頭食ってただろ・・・」
「別腹だよね」
「・・・太るぞ」
「最悪食満最低」
「何だと」


大体お前が、と食満は立ち止まってなんだか言い出すが私は早く飯食って寝たいので口から出そうな文句を飲み込んで食満の手を引くと男はびくりとして大人しくなりその手は熱い。私の手はいつも酷く冷たいので私もびっくりする、人の手はそこまで熱くなるものなのかと。食満はなんだかバツの悪そうな顔をしてしおらしい様子だ。


「明日仕事だから。はやくご飯食べたい」
「バイトか?」
「うん。学校で紹介してもらったやつ。報酬いいし」
「・・・気をつけろよ」
「はは。もう帰ってこないかもね。お前の言ったとおり、」









突然握った手を思い切りつかまれてどこか横の何とか準備室にひっぱりこまれて非常に腕が痛いと思ったまま背中をしたたか壁に打ち付けられて肺からせりあがってくる何かが口から零れて軽く噎せる。それが食満のしたことだと気付くのに数秒かかってそれはもうその教室の木戸が音を立ててしまった後だった。肩に食い込んだ指先がやはり酷く熱くてそこから焼けそうだと思ってそんなわけがないのに。


「食満」
「なんだよ」
「こっちの台詞でしょ。なんなの」
「なんなのじゃないだろ。冗談でもふざけんな」
「何が」
「帰ってこないとか」


男らしさと涼しさの丁度間を取ったような端正な顔。




あ、ごめんと自分でも驚くほど素直に謝ると食満はそれまでの射殺さんばかりに私を睨んでいた鋭い視線を逸らして目尻を下げて溜息を吐いた。確かに悪趣味な冗談だ。なまじ冗談に聴こえないだけ性質が悪い。しかももし何かあったときに自分の言葉の所為でと思ったら最悪に気分が悪いだろう。ああ最低なことを言ったと改めて自覚した。私が弛緩した食満の手を握ってごめんともう一度詫びると食満はびくりとして俯いた顔を上げて私を見た。多分お前は何もわかってないんだろうなと男は低く独り言のように言い、続けてさっき部屋でお前に言った悪いことは全部嘘だからなと早口でまくし立てた。しかし何故か私だって全部嘘だと慌てて返すと思い切り、まるで実習が終わってくたくたに疲れているところに小平太が今までに壊した果てしない数の備品を全て目の前に並べられてこれをこれから修理しろと言い渡されたみたいな深くて重くてどうしようもない溜息を吐かれた。


なんだその妥協してますよ、みたいな。ああ、もういいよそれで、と呟いて木戸を引き開ける直前此方から見えた食満はなんだか泣き出しそうな顔をしている。




(ぬるまゆのなか)