眩しさに思わず目を細めてしまうような濃いライトブルーの見慣れない車が進路を阻むように行き成り目の前に停まったので、私は胸に鞄を抱きしめて後ずさった。昼間なのに人通りの少ない小道で、痴漢に注意と書かれたオレンジ色のアルミの看板が日に照らされて今にも融け出しそうなほど熱されているのが遠目でもわかる。ちかんは、やだ、鞄に爪を立てて泣きそうになりながら早鐘のような心臓をどうにか落ち着けようと神経を集中させていたら、物音がして反射的に顔を背けた。足がもつれて腰が抜ける。中が見えないように黒く色付けされた窓が開いて、聞き慣れた笑い声がした。 「意外とびびりだよな」 涼しげな車の中から不破雷蔵の顔を彼が世界がひっくり返ってもしなさそうなやりかたの笑いで歪めていたのは鉢屋三郎だった。私は買ったばかりのスカートを下敷きにして焼けたコンクリートにペタリと座り込んでいた。足が熱い。安堵と一緒にふつふつと怒りがこみ上げてくるのを感じた。 「死ね!鉢屋!」 白い鞄はリップスティックを零しながら宙を舞い、鉢屋の顔面に直撃した。 「送ってやる」 鉢屋三郎は大学の同級生だ。同じバイト先の不破雷蔵と同じ顔をしているけれど事情はよくしらない。気になる話題ではあるけれどなんとなく聞きづらい雰囲気なのだ。地雷を踏んで気まずくなるよりは何も知らないまま黙っていたほうがいい。そういうわけで私はけして憎からず思っているその男の素性を殆ど知らない。 「わたし見慣れない車を見たらまず鉢屋だと思うことにするわ」 「やめとけ、拐かされてもしらんぞ」 「乱暴されたら裁判で言ってやるのよ。いつもそういう悪戯をする友人がいて、彼だと思ったんだと」 「・・・・」 鉢屋は黙ってハンドルを切った。口から先に生まれてきたようなこの男は、大抵は少なからず罪悪感を持っているときよくそうして黙ってしまう。意外と素直、と不破が言っていたのを思い出した。 車の中はなんとなく女の人の匂いがした。高校の頃の恋人が部屋に女の子を連れ込んでいたときとおんなじような。直前までいたなこれは、と適当に当たりをつけながら外を覗く。ガラス越しの景色はくすんだ黄色をしている。匂いに胸を引っ掻きまわされるような心地がして窓を軽く開けた。鉢屋はちらりとこちらを見て、クーラー切る?と言った。私は首を振ってにやりと笑った。人の車だから贅沢だ。 「この車、新車?」 「いや?」 嘘かどうか判別がつかない。前に皆で遊びにいったとき、鉢屋の車は真黄色だった。ころころ車が違うという話は良く聞く。鉢屋がどういう家庭に育ったのか知らないが、相当金持ちらしい。 私には気になることを後回しに聞くくせがある。言い出すタイミングを逃したまま、落ち着かない毛先を指に絡めた。 「女ごとに車が違うと」 吃驚して思わず顔を上げた。鉢屋は薄く笑いながらブレーキを引いた。車が停まる。「聞いたか?」彼の両の目が、わからない色で染まっていた。笑っているのか怒っているのか。 「・・・・・聞いたけど。本当?」 「さあ」 鉢屋は肩を竦めて、また車は走り出した。私はもっとやきもきする。いつだって思わせぶりな酷い奴。薄くあいた窓から吹き込む風が鬱陶しくて結局しめた。家が近づいていた。ぎこちない空気をどうにか緩和したくて私はポケットの中をごそごそ探ってレモンドロップを取り出す。口の中に放り込んで包装紙を小さく畳んで仕舞った。甘い味が広がる。 「なあ」 「何」 「それは嘘だ」 「・・・・ふうん」 「だけどお前の分の車は、買おうか」 心臓が一瞬止まった。それから指先が震えだして、鼠が駆け回るように鼓動をはやめていく。何を言っているんだこの男は。 「買って」 玩具を強請る幼児のように口が動いて、それだけを只繰り返した。買って、買って。鉢屋は隣で笑っている。私は半身が酷く熱くて悔しい。 「どんなのがいい?」 吝嗇な国産車なんか嫌だ。狙うなら最凶に乗りにくいスポーツカー。いつか超カッコいいお兄さんが乗っていたあれだ。後悔しろ鉢屋。 「黒いの。顔が凶悪で、シートが真っ赤で二つしかなくて、ドアが上に開く外車」 「・・・・破産させる気か?それベンツだろう」 「だってそれ以外もう買わなくていいじゃない」 「あと五年待て」 「いいよ」 「ねえ、さっきまで女の子乗せてたでしょ」 「が見えたから降ろした」 一体なんてことだろう。私の今までの葛藤や苛立ちはなんだったのか。鉢屋は窓を全開にした。ラジオのボリュームを滅茶苦茶に上げてわたしたちは爆笑する。窓の外はくすまないし、車内にはわたしの匂いしかしないだろう。恋をしている男の目が、そこまでどうしようもなく優しいことを、私はそのとき初めて知った。 スーパーカーに乗って |