真っ白い首筋が闇に浮んで見えて文次郎の胸を騒がせた。強く握れば容易く手折れそうな細い手首も長い睫も、という女の持つ何もかもが彼には到底自分と同じ種族のものだと思えない。男と女はやはり全く違う生き物なのだろうと文次郎は思う。普段は硬質な印象を持たせるの瞳は茫然と伏せられて酷く眠たそうに本を眺めている。行灯の光が闇の中に濃い影を落として彼女の頬を這う。吸い寄せられるようにその頬に指を伸ばしたがそのたびに一瞥もされないまま振り払われた。三度同じことを繰り返した後、文次郎は立ち上がって行灯の火を乱暴に吹き消した。部屋に闇が下りる。は物凄く迷惑そうな表情をして顔を上げ行灯のほうに向けて本を投げつけた。ドカッと音がして文次郎の頭に本の背表紙が当たって低いうめき声がした。

「帰れ潮江文次郎」
「厭だ」
「あんた何しに来たの?私の読書を邪魔しに来たわけ?私今忙しいの」
「夜這いだ。お前は大体なんで俺を無視して本が読めるんだ」

の目は普段のいかにも頑固そうな色が戻っている。暗い所為でよく見えないことを文次郎は残念に思った。女の目が好きだった。何にも興味なさそうな、すべてひとりで成り立っているような、そういう目が酷く。しかしはハッと短く息を吐いて目の前のバカを一言、興味ない、と切って捨てた。そして布団に潜り込む。文次郎は殆ど爆発寸前にイラついて布団を剥ごうとしたが部屋が暗すぎて巧くいかない。適当に引っ張ってみると抗議の声がした。

「邪魔だよ!消えろ!人呼ぶわよ!」
「いいのかよ。噂になるだろ」
「その前にあんたが退学よ。退学」

鼻先にぴしりと人差し指を突きつけられて文次郎は固まった。闇に目が慣れて、漸くお互いの顔が明らかになり始める。小さく開いた窓から差し込む月光は文次郎が思っていたよりずっと明るい。暴れた所為での襟元は軽く開いていた。月光で照らされた女の鎖骨はいっそう生白く文次郎は小さく嘆息した。男の視線の先にあるものが自分の平らな胸元付近であると気付いては心の底から呆れた。

「本当・・・あんたって・・・バカだね・・」
「何い?」
「一体私の友達を何人泣かせれば気が済むのかと思っていたけど。五人目にしてわたし?私は・あんたなんか・き・ら・い・よ」
「俺はお前が好きだ」
「あんたの心なんか興味ないよ。消えなさい。最後だからね」

次なんかすると人を呼びますよと言外に語るので仕方がなく文次郎はの布団から指をはがす。このまま帰るのも腹立たしいので部屋の柱に寄り掛かってが寝息を立て始めるのをぼうと眺めた。この状況で自分を置き去りにして寝てしまう辺りこの女本気で俺に興味ないんだろうと思う。意地っ張りを力わざでねじ伏せるのは文次郎の最も得意とする分野であったがここまでさらりと拒絶されてしまうと流石にどうしようもない。

「なさけねー・・」

明日仙蔵に爆笑されることを考えて胃の辺りを擦りながらも、次の手を模索し始めるあたり全然懲りてはいないのだが。






(撃沈ナイトフィーバー)