わい、死ぬかもしれん。などと物騒なことを隣の席の遠山くんが柄にもなく殊勝に呟いたので、どうせ又白石先輩関連だろうよ毒手乙。中二乙。と思いつつ詳しく話を聞いてやろうなどという生ぬるい仏心を出したのがそもそもの間違い。アウトー。某笑ってはいけない番組のスタッフの声が脳内を無情に反響。残念無念だがまた来週できない身の上が非常に恨めしい、もののあはれ。でもだって貴方酷いんですよ。まさか中一女子の空身で、しかも転入して一ヶ月目、つまり出会って一ヶ月目のタメの野郎にこんなコアな相談を真昼の教室で持ちかけられると思いますか?思わないでしょう。いくら私が転入して一ヶ月目にして既に遠慮なく扱使われているマネージャーだからってそれはないでしょう。江原啓之だって予測できないでしょう。仏心だしちゃったって仕方がないってものです。何せ遠山の金太郎さんはタメの女子のカスみたいな母性本能すら上手に擽れるプリティフェイスの持ち主ですし。ところで「最後まで押し通せなかったらやさしさではない。途中でくじけるなら悪人になればいい。やさしさは根性です。」というビートたけし先生の至言に深く同意する私なのだけれど、コレ最後まで押し通さなきゃ駄目なの?1か0かしかないんでしょうか。1を取らねば0となり私は優しくない人間のレッテルを貼られなければならないのか?内容を聞かされる前に結んでしまった契約でも履行されるのか?ギブミークーリングオフオアタイムマシーン!問題の相談内容はコレです。ハイッ! 「あんなあ、わい白い小便でんねん・・・」 「・・・・へーそーなんだー」 実際意味を理解した瞬間ビートたけしも金太郎もかなぐり捨ててダッシュで逃げたチキンな私に優しさなんてものはない。偉い人がやってきて今日から・チキンリトル・と改名しろこのダボが!と言われたら私はそれに粛々と従ったことだろう。後悔はしていないが反省はしている。でもダッシュで教室を逃亡した私を更なるダッシュで追いかけてきて体育倉庫の裏まで追い詰め、露に湿った芝生に押し倒して馬乗りになっている金太郎だって全く優しくないし、逃げている途中すれ違って助けを求めたにも拘らず「おーか。来年から金太郎頼むでえホンマ」と呪いの言葉を吐きつつ呵々大笑して去っていった渡辺教諭も、「頑張りや」とひとこと呟いて教室に引っ込んでしまった部長の財前先輩も、「ほんま仲ええなあ」と見当違いなことを言ってほわほわ空気の読めていない笑いを零しながら私の命懸けの逃亡劇を教室の窓から見ていた元部長の白石先輩も、誰も彼も全く優しくないからしかたがない。不本意極まりないことだけれども、類が友を呼んだのだ。ついでに言えば性教育の杜撰すぎる四天宝寺中も青少年に全く優しくない。くそっ、お笑いのずっこけ方の練習させるぐらいなら精通の仕組みぐらい教えておけばいいのに。明らかに優先順位がおかしい。 「金太郎、保健体育の授業何してる?」 「ねとる」 「そっか・・・・じゃあしかたないか」 しかたない。 「、わい死にとうないねん・・・」 そう言って金太郎は端正な顔をぐしゃぐしゃにした。今にも泣き出しそうだった。私はえぇー。何この子、病気?と思った。どん引きしている私の気持ちなど露知らず、金太郎は更に続ける。「そんでなあ、わい、左と右で金玉の高さちゃうねん。絶対病気や。どないしよ・・・・」ええー。何この子、病気?大事なことなので二回言いました。もういい、この際精通の仕組みや精巣降下について知らなくてもいい、授業中寝ていたならばそれは仕方ない。けどなんでそんなこと私に聞くのだろうか。胸が無くても女だぞ。いくらバカでも女にちんこがついてないことぐらいわかるはずだろうに! 「白石先輩に相談しなよ。あの人保健委員だしエクスタシーだし多分嬉々として教えてくれるよ」 「アカン!」 「何で?先輩いい人じゃん。確かに絵面的に問題はあるけど」 「白石に小便漏らしたなんて言えん・・・絶対毒手や!わい殺されてまう!」 白石先輩は本当に意外なほど役に立ちませんね乙。これは先輩本人も予想外ではなかろうか。どう考えても過度に怖がられすぎている。彼は金太郎のことを弟みたいに思って目をかけているだろうに、こんなこと知ったら泣くに違いない。性の話とかすごく喜ぶと思うけどな。いやだなこのカンジ。すげーホモくさい。BLか、BLなのか、という煩悩はさておいて、じゃあ千歳先輩は?ケンヤ先輩は?もう寧ろ渡辺先生いっちゃう?と畳み掛けるように妥協案を挙げたのだけれども金太郎ときたら私の上に跨ったまま頭を垂れ、「こないなことにしかいえへんわ!」と明らかに間違った羞恥心をお持ちらしいことを叫んで、結局胸元に突っ伏した。おい、いくら小さくても胸だぞそこは。鼻水を垂らしながらもはらはらと泣く金太郎は将来を約束されきった美形である。でもだからなんだというのだろう。まさにイケメンの無駄使い。いくら金太郎の顔が良かろうとこいつが尋常では考えられないほどバカであることは明白である。私は奥の手であった「わたし女だからわかんない」作戦を出せなかったが、それは金太郎が可哀想だったからではないし、彼がイケメンだったからでも勿論無い。言った瞬間が最後、「男と女ってそんなにちゃうもんなんか」と言われてあわや御開帳となる可能性を捨て切れなかったからである。やりかねないバカだし。それだけは避けなければならない。 「・・・・・とりあえず教室戻って。放課後にしよう?続きは」 「助けてくれるんか!?」 「・・・うん・・・・」 ・・・ではこれから男子保健体育の授業をはじめます。講師は四天宝寺中学校1年4組の です・・・ちなみに処女です・・・ 「いいかな金太郎。睾丸は胎児のとき体の中に入ってるの。それが段々下がってきて袋に入るんだけど片方が先に動き出すの。で、少し遅れてもうひとつのが動きだす。でもとまるときは同時。だから最初に出たほうが低くなるの。高さが違うのは普通なの。これを精巣降下といいます。わかった?」 「なんやようわからへんけど、わいは病気とちゃうん?」 「ハイ、違います。普通です。」 本が嘘をついてなければね、と思ったけれど口には出しません。余計なことは言わないに限るのだ。部活が終って誰もいなくなった部室で、わたしは金太郎と並んで座って保体の教科書を読むという電波な状況におかれている。本当は今回のことについて部活の誰かに相談し、協力を仰ごうと思ったのだが、三年生は皆引退している上、そもそも一緒に活動したことが無くそれほど親しくないのでこんな下品な相談はできない。自動的にターゲットは二年の先輩に絞られたが、その中で金太郎を御せそうなのは財前先輩オンリー、さてここで問題です。財前先輩が私を助けてくれると思いますか?答えは勿論NOである。あの財前先輩がこんな面倒なことに関与してくれるはずもなかった。というか正味な話相談があるんですけどと言った瞬間「無理」と返されたのだ。あの人本当に部長なのか。結局一緒に部活動やっていようがやっていなかろうが別に先輩と仲良くないし相談なんかできないという悲しい事実が判明しただけだった。私ってば本当にチキンリトル。コミュ障。ぼっち。あははは 飛びてえー。 「というわけで、その白いのは・・小便ではないです。ほら、ここに書いてあるでしょ、健康や身体の発達への害を心配する必要はありませんって」 「じゃあなんやねん、あれ」 「うん・・・・教科書読もうか。ちょっとは自助努力をしようか」 げんなりするとは正にこういう状態のことだ。ものすごく汚れた気分である。四日間ぐらい放置されて腐ったカレーみたいなこの気持ち。教科書に蛍光ペンでアンダーラインを引きながら私はため息を禁じえない。お父さんお母さんごめんなさい、私は同学年の男の子に夢精について説明するようなアバズレです、東京に帰りたいです。 「ていうかさあ、何で私ならいいと思うのかね。普通男の子は女にこんな話しないよ金太郎」 一通り講義を済ませたあと、頭を掻きながら私は金太郎にそんなことを言った。誰かに愚痴を言いたいけれどこんなこと誰にもいえない悲しさゆえ、つい口をついて出てしまったのである。私は、バカだった。遠山金太郎を甘く見ていた。私の苛立ちやあたかも純潔を喪失したような絶望感を小指の爪の甘皮ほども気取らず、当の金太郎は私の愚問に無邪気にうん、とひとつ頷いてにっこり笑った。 「あんなあ!夢にでてきてん」 「・・・・で?」 「せやからが出てきてん。やからええって思たんや」 も裸やったし恥ずかしいのもおんなじやろ!と 金太郎は続ける。申し訳程度に頬が赤い。可愛い。けど・・・?何で私のあずかり知らぬところで私が恥ずかしい目にあってるんだ・・・?何このこ・・・電波・・・?裸?そういえばそれは淫らな夢と書いて淫の夢、即ち淫夢という奴ではないのか。気づいた途端にさっと血の気が引いて私は二の句が告げなくなった。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「どないしてん?」 「・・・・・・・・いや、え?あんた私が好きなの?」 「好きやで!たこ焼きと同じくらい好きや」 「・・・・そっかー。じゃあ・・・しかたないか・・・・」 タコ焼きと同じくらいならまあいいだろう。いやよくないけどいいことにしておこう。そういうことにしておかないとこれから先の手が打てない。取り敢えず食料と同列だったことを安心しておくべきです、そう、こんなときこそプラス思考。金太郎はまだ性的なことをよくわかっていないのだ。目覚めきられる前にとんずらこいてしまおうと思い、私は急いで保体の教科書を鞄にしまった。明日からちょっと距離を置こうと心に決め、さっさと帰ろうと金太郎を振り返るとヤツは天真爛漫な笑みを顔全体に満たしてこちらを見た。立ち上がる気配もない。焦れて手を引こうとしたが金太郎は差し伸べた手を掴んだだけだった。 「なあ」 「何?」 「なんや今夢の思い出したらたってしもたんやけど」 そのときの私の心情を100文字以内で答えよ、という国語の問題があったとすれば、正解はくぁwせdrftgyふじこlp だと思う。なんか宇宙の真理が見えかけた。血の気が引いた頭でドッカンドッカンと火山が大爆発している映像がリフレーンする。なんで私ばかりこんな目にあうのでしょうか、神様。いじめでしょうか。いじめでしょうね。つかまれている手を抜こうと足を踏ん張りつつあとずさりながら、ようやくこれだけを言った。耳年増な自分を喜べばいいのか、悲しめばいいのかもわからない。 「・・・・トイレ行ってそれ掴んで上下に擦れ。話はそれからだ」 「なんやようわからへん。やってや、頼むわ」 「ぎゃああああいやああああ堪忍してえええええ」 力の限り絶叫したが許してもらえなかった。ここがなるほど大阪民国ですか。初対面の日に言われた「大阪は独立国ちゃうっつー話や!」というケンヤ先輩の言葉が思い起こされる。東京は砂漠やろ!と仰っておられましたね。東京は確かに砂漠ですが大阪は密林です。野生の獣もきちんといます。 全ての片付けを終えて部室を出たとき私はもうメタメタだった。秋の深まりかけた風が火照った頬をなでて私を少し慰めたけれど、ライフが0なことに変わりはない。私は悲しい。まだ中学一年生なのに、あんな・・・バカな・・・死にたい・・・。なんや元気ないなあ、とか言って暢気に、何事も無かったみたいにすっきりした面持ちで(そりゃすっきりしたでしょうね)、隣を軽やかに歩く自分より背の低い男を、私はじとりと恨みを込めて睨んだ。しかしながら悪意は微塵も対象に届いてくれなかったらしく、目が合うと金太郎は私をじいと見つめ返して、妖艶と言っても過言でない笑みを口元に浮かべる。 「わい、のことめっちゃすきや!」 推定地上最強少年のキメ顔にノックアウトされかけたのは事実だけれど、ここまで奉仕して嫌われるとか有り得ねえだろJK。結局気分は晴れずに盛大に落ち込んだまま、私は金太郎に手を引かれてとぼとぼと帰路に着く。ギブミークーリングオフオアタイムマシーン。 よいこの性教育 |