クラスメイトの高坂さんは柳くんは優しくて素敵だと言うが柳くんは優しくなんかない。私の好きな男をバラすぞと脅して私を席に座らせる。私が柳くんなんか嫌いだと言うと眉間に皺を寄せていやそうな顔をして暫く黙って、それでまた私が聞きたくもない話をずっとする。俗に言う柳くんの「御諭し」である。これは柳くんが部活を引退してからというもの、私の毎月一度の風紀委員会呼び出しと同じぐらい恒例化してしまっていて、図書室の会話スペースの隅っこで机を挟んだ私と柳くんを見ても最近の立海生はもう興味もなさげだ。初めの頃はいっぱいいた超優等生と電波女の会話に聞き耳を立てる野次馬どもが激減した所為で、柳くんの御諭しの内容は更に生々しく私に都合が悪いものとなっている。名前とかも出てくるようになった。「弦一郎は、」

ゆえにあんなに鬱陶しかった野次馬が私は懐かしい。ちょっとねえ、誰か聞き耳立ててよ。柳くんの御諭しの内容が元通りに「ちゃんと制服を着ろ」「髪の色を戻せ」に戻ってくれるなら私は野次馬どもにお昼ご飯ぐらいは奢ってあげてもいいと思う次第である。私は馬鹿みたいな金色の髪をしていて(ただの金色じゃない、ピンクとオレンジが混ざったみたいな、ほんとに馬鹿みたいな金色)ブレザーにはでっかい缶バッチが10個ついていて、スカートにはウルトラマンのワッペンが縫い付けてあって、髑髏のラインストーンをあしらったネクタイをして、スカートの下にレースが見えるようにペチコートを履いているという我ながら壊滅的なファッションだけれども、そんなことを柳くんに駄目出しされる覚えはない。私に駄目だと言って怒ってくれる人間は他にちゃんといて、月に一回服装点検の日、その日の放課後だけは彼は引退しても毎日でている部活を抜けて私を怒鳴りにくるのだ。その怒鳴り声を聞くためだけに私はこんなにもダッセエ格好をしているのだけれども。月に一回のためだけに「こいつは友達にしたくない電波女である」という周りの評価を恒久的に受けることになってることを考えると恋愛感情とはまことにコストのかかるものである。これは時間と労力の浪費であると柳くんは私に言う。噛んで含めるように言うのである。そんな・ことには・なんの・意味も・ない・と。

酷いことに、柳くんにそういわれると私はそれに深く同意してしまうのである。そうなるとただただ頭を抱えて胸中で詭弁的な反論をするしかない。この世に意味のあるものなど何があるというのかね、とか。しかし初めから欠陥だらけとわかる反論なので口に出せないのだ。成すがままである。深く考えればあらゆる事象全てに意味はなかろう。しかし人は意味を創造しつつ生きていくのだと私は知っているし、営みの中に有意義/無意味、とかいうカテゴリを存在させなければ達成感のある人生なんか到底歩めるものではない、ということぐらいはわかるのである。そして私のこのダサい服を着て・変な色の髪を染めるという行動が真田弦一郎を私の望むポジションへと導く可能性は

「0%だ」

ということである。無を証明することがお前にできるというのか。柳くんはそれから更にこう続ける。「お前が」

「髪を黒くして、きちんと制服を着て、まともな言葉遣いで話すようになれば、確率はあがるだろう」

私は突っ伏した机から顔を上げて柳蓮ニの顔を悄然と眺める。この男は神のように頭がいい。私や私の想う男とは違う。馬鹿の一つ覚えのように奇妙な格好をしないし、三年続けても全く効果がなかった「それをやめろ」と怒鳴りつけるだけの放課後の儀式もしない。同じ儀式にしても、上手に希望をぶら下げるのだ。お蔭で私はこんな馬鹿なことはやめたほうがいいかもしれないと思ってる。でも私はそうすることが現状より飛躍的に夢を叶える確率を上げることはないのだと知っている。私は真田と小学校が同じだった。ずっと好きだった。でもあの男の視界に自分の映るスペースはなかった。いつも。いつでも。これからも、ないんだろう。真田は私がどんなになってもけして私を好きにならない。私にはわかる。柳くんにもきっとわかっている。彼のちらつかせる希望は精精「真田弦一郎の私に対する態度が多少軟化するであろう」という程度のものでその域を出はしないのだ。

もしも私が柳くんの言う通りの姿で三年間を過ごしていたら、彼は私をきっと一度も目にも留めなかっただろう。私は一度目を閉じて、また決意を新たにするのである。

「やめないから」

顎を机につけたまま窓の外の夕日を睨んだ。咽喉がかわいた。イチゴ牛乳が飲みたい。目が熱いのは夕日が紅い所為であると思う。

「私、柳くんみたいに頭よくなれないから」

暫くして、微かに吐息が聞こえて、私は目だけを動かして、柳くんを見上げたら、彼は久しぶりに口元を緩めて、困ったみたいに笑ってた。綺麗な、長い指が口元を押さえてる。私に御諭しをしているときはいつも、ずっと顔しかめているから、私はをびっくりして思わず目を擦った。柳くんはそのまま暫く笑い続けて、最後に、俺は頭がいいのかと独り言のように呟いた。

「そうか」





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