金太郎ってそーゆーんとちゃうねん、とにっこり笑って変な転校生を脅したのは彼女自身であったけれども、そーゆーんとちゃうんかったらどーゆーもんやねん、というツッコミすらいれられないほどルミちゃんはアホじゃなかった。つまるところ、あれは敗北宣言だったのだ。「金太郎ってそーゆーんとちゃうねん」を超訳すると結局「貴方は金太郎にとって特別ですが調子に乗らないでくれますか」ということになってしまう。なんであんなこといったんやろ。ルミちゃんは思い出すと頭を抱えたくなる。そーゆーんとちゃうんかったのは金太郎ではなくて、金太郎にとってのルミちゃんたちだ。そして変な転校生は金太郎の「そーゆーの」だった。ルミちゃんにはわかってた。だからわざわざそんなみっともない警告をしたのだ。だって特別じゃないなら、わざわざそんなこと、そんなあたりまえのこと、言う間でもないのだから。


金太郎は優しい。いや優しいちゅうても普通の優しさとはちょっとちゃうねんけど、金太郎は金太郎的に優しい。そしてそれはずっと誰にでも過不足なく均等にわけられたものだった。金太郎は女の子が荷物を運んでいればそれが可愛いルミちゃんだろうがちょっと太ってて眼鏡でお下げで口が3の形をしている女子だろうが自分がかわって持ってあげる良い子だった。しがらみの多い中学生生活を謳歌する彼女たちから見ると、その平等さは神憑り的に映る。綺麗だと思う。とにかく眩しい少年なのだ。独占したくなるのも無理からぬことである。


けれどアレをどうしたらいいのか、誰もわからなかった。手が触れ合ったら沈黙が生まれて目があって顔が赤くなる、J−popの歌詞の中みたいなことが金太郎相手に起ころうはずがない。そもそも触れ合った手だってゴキブリを掴んだばかりの手かもしれない。悲しいほどに、野生児なのだ。あんなんどないせーっちゅうねん。とルミちゃんを含む女の子たちは思っていた。勿論中学生活に青春、というか性春、への強い憧れを抱いて入学した、さっきまで小学生だった彼女たちはいくらかの奮闘を試みたけれど、しかし金太郎の持つ平等という最強の盾はついぞやぶれなかった。


お互い牽制しつつ連敗を重ねていくといつの間にか不思議な連帯感が生まれていく。気が付くと「金太郎はそーゆーんとちゃう」という合言葉というか取り決めというか約定と言うか、そんなものができていたのである。そしてそんなもんができた途端あの女は転校してきた。アホやったなあ、とルミちゃんは冷めた頭で思う。もうとっとと押し倒してエロいことでもやったればよかった。ルミちゃんたちが空気なんて見えないもので縛られてる間にあの変な転校生は、目にも留まらない速さで金太郎をかっさらっていってしまった。まあ、逆やけど。金太郎があの転校生をかっさらっていたんやけど。そんなのちょっと見てればわかることだけれども、アンタ、男取られて、取った女が乗り気じゃなかったとか、ほんと、ありえない完全敗北ですよ。あかんではないか。と思ってルミちゃんは事実に修正をかけながら変な転校生をじろりと睨んだ。転校生はもう自習プリントを終えたらしく、自分の席で早弁していた。ほんまなんでこんなんがええねん。こんなんにシカトされたぐらいでなんであんなに落ち込むんやろ。ウチのほうが100倍かわええわ。


初めて見たときから嫌な予感がしていたのだ。9月1日、夏休み中に引っ越してきたという転校生は既にテニス部のマネージャーで金太郎のお気に入りだった。テニスめっちゃうまいねん!と聞いてもいないのに金太郎は自分のことのように嬉しそうに報告した。傍で聞いていたルミちゃんは非常につまらなかった。早く慣れる様にという理由で金太郎の隣りの席に収まったのも非常に面白くなかった。そもそも休み時間も放課後も金太郎が絡む所為で転校生はクラスに友達らしい友達を作れていないのではないか。教師の目は節穴である。まあ、変な子やから、友達おらんのもしゃあないけど。


転校生は運動神経が良いらしかったが大して活動的なタイプではなかった。控えめというか、地味である。恐らく関東でも押しが弱い人間だと思われていただろう。本当に押しに弱い。すぐ謝るし、すぐ言うことをきくし、ほんと、そんなんでええんか。と敵ながら思う。金太郎は悪意なく人を使う奴だが、この転校生の使われかたときたら並のものではないのだ。付き合いだす前からほぼ毎日宿題を見てやり、偶に弁当を作ってやり、体育委員の集会に代わりに行き、鞄を片付けてやったり教科書を貸してやったりモーニングコールをしてやったり朝家まで迎えに行かされたりもしていたのだとルミちゃんは知っている。付き合いだしてからどうなったかなんて愚問だ。「ほぼ」や「偶に」が「いつも」に変わっただけである。


ルミちゃんは思う。これがウチやったらどうやろ。初めはよくても、一ヶ月は持たへん。


自分でやれボケェ!と叫んで即破局。本当はわかってる。あの変な転校生はそんなに悪い子じゃないし、もし金太郎がルミちゃんを選んだとしても、ルミちゃんが金太郎に合わせて生きていくなんてことは到底できないのだ。もう一度転校生のほうを向くと、早弁を終えたのか、弁当を片付けて繕い物をしていた。部活で頼まれたのだろう。この転校生は金太郎と同じように、悲しいほど平等なところがある。友達がいないからかもしれないけど。彼女は誰の言うことでも律儀に聞いてしまうし、誰にでも親切である。そーいえば、前、サッカー部が倒した花壇の花、植え替えてたなあ、勝手に。アホやなあ、と思ったけど、金太郎、そーいう優しいとこに惚れたんやろか。


ルミちゃんは自分の目の前に座って寝息を立てている金太郎の背中をとんとんと叩いてみる。金太郎は大きな丸い目をきょとんとさせて振り返り、首を傾げた。なんや、と彼らしく大きな振りで。ほんま、美少年やねんなあ、と自分のものでない少年に悲しさを覚えながら、さっさとこの梅雨前線のようなもやもやした気持ちに引導を渡すべく、彼女は口を開いた。


「なあ、さんの何処が好きなん?」


したらば金太郎、一瞬の沈黙の後、微笑んで、


テニスめっちゃ巧くてな、おもろいねん。そんでなんでも言うこと聞いてくれんねん!せやから、大好きや!」


と高らかに語った。高い声はすぐに教室の控えめな喧騒に紛れた。かわいいとか、優しいとか、そういう甘やかな言葉は一切なかった。甘ったれるな、軍曹。金太郎はくるりと前を向いて、涎で湿った自習プリントを叩いて、それから折って、机に仕舞った。後であの子にやってもらうのだろう。


ちょっと、ねえ。


それって奴隷やないですか。


ルミちゃんが放心したままチャイムが鳴り二時間目は終った。プリントは真っ白だった。どないしよ。なんとなく白紙のプリントを手に持ったまま、ルミちゃんは因縁の転校生のほうへと歩いていく。机の前まで行くと、はちょっと腰が引けたような笑顔をルミちゃんに向けた。白紙のプリントを見て、「あ、見る?」と首を傾げる。


ルミちゃんは額を押さえた。


「うち・・・アンタにもうちょお優しゅうしたほうがええんやろか・・・」
「えっ?ちょっ・・・今日傘持ってないんだけど・・・」





Of Love And Shadows