愛と勇気だけが友達ってどう考えても少なすぎるだろ、と子どもながらに思っていた私は巷で人気のアンパンマンにはさっぱり嵌らず何処かダークで大人な香漂う仮面ライダーをこよなく愛し幼稚園の卒業アルバムには女子でただ一人だけ将来の夢:仮面ライダーと書いたアグレシップな幼少期を過ごして育ったのですが、いざ育ちきって思春期を迎えてみるとガッカリしたものでセーラー服に身を包み機関銃は所持していない普通の中学生の私は愛と勇気しか友達がいないアンパンにすら劣るただの安牌マンに成り下がっていた。いや安牌ウーマンですね女だし。何にせよ私はとてもチキンで安全だと踏んだ牌しか捨てることができないのである。仮面ライダー精神の名残を保持していられるのはよく見積もっても精精テニスコートの中でだけなのですが最近はまともに試合もしていないのでそれすら失われた予感がする。残念無念。ちなみに今一番好きなヒーローは仮面ライダーでも魔法少女まどかでもタイガー&バニーでもなく愛國戦隊大日本です。主題歌が動画サイトにあがってるから是非とも皆に聞いてみて頂きたいのだが、こんなコアなネタ披露しても引かれるだけだろうと思うと誰にも紹介できないので落ち込んだときなどに一人で歌うことにしている。もしもー日本が弱ければー♪ ロシアがたちまち攻めてくるー ♪ 

「家は焼け、畑はコルホーズー 君はシベリア送りだろう Yeah!♪」

と歌ってみたところで、そんなことはどうでもいい、と気付き痛烈な虚無感に襲われるだけだった。現実逃避している場合ではない。しかして目下の問題は遠山金太郎のことなのである。笑顔きらきらの浪速のゴンタクレのことなのである。カップケーキの変のあと私と金太郎の間に起こったことをかいつまんで話すと言ってもまあ何かが進展したということもないので別に話すことはない。ルミちゃんに頭を下げるようなことは何もない。というか既に終点の直前まで連れて行かれたので今更何を言われたとか、インパクト弱い感じがするのだけれども。だけれども。ということは異論があるわけでそれが何かと言いますと、私にとっては例の爛れた事件よりもカップケーキの変のほうが余程インパクトが強いというか、どうしたらいいのかわからなくなってしまった、という事実なのだ。これ非常にまずいよね?まずいな、やばいな、やんばるくいな。つまり誰が見ても18禁であったあのときのことよりも、少女漫画で中学生の恋として描かれる典型みたいな展開にどきどきしてしまったということで、これってどういうことですか?と聞かれて答えられないほど私は清く正しい子どもではない。非常に残念だけれども思春期の女子なんて無垢な天使よりは発情した猿に近いのだ。

わかってるけれどしかし、わかりたくねえ。よりにもよって相手があの遠山くんって、不安要素が多すぎて最早どこを気にしたらいいのかわからない。藤岡弘でも全力で逃げるレベルである。まずルミちゃんその他女子のことも勿論あるし、相手に関係なく恋が面倒くさいというのも勿論あるし、でも多分一番気にしなきゃならないのは遠山金太郎本人のことなのだ。例えばカップケーキの変の後のことなのですが。

「なあなあ千歳」
「ん?なんね金ちゃん」
「惚れるってどういう意味なん?」

という問答を私はたまたま通りがかりに聞いてしまい、いよいよ頭を抱えることになった。こんな恋愛のれの字も知らず、精通だけ来てしまった野生児ってこれは女の私の言うネタでもないが今更だと思うのでまあええか、に、こんなにも心臓を打ち鳴らされている私は最早哀れを通り越して滑稽ですらあると思いませんか。ヤケクソになった私は部活終了後、一人になってからうわああああ喚いて走って家に帰り、ラジオ挫折を踊って何も食べずに寝た。腕を大きく上げて大学受験に失敗!

このように金太郎が恋とはどんなものか、わかってないことを示す例なんか挙げていけば枚挙に暇がない。そもそもまだ恋人でない女と破廉恥な行為に及ぶことがたわけたことであり言語道断なことであるということすらあのこどもは知らないのだ。きっと破廉恥の意味もわからないだろう。対する私はこのままいくとあの天然タラシ野郎の天然な殺し文句によって誑し込まれてしまうに違いなく、最早一刻の猶予もないっつーか既にKO気味という逼迫した状況なのだけれども、私がもしもいざ好き好き大好き超愛してる状態になったとき金太郎がかわいい彼女を連れてきて「わいらずっと友達やで!」などと言った場合、私はもう首を括るしかないじゃないですか。冗談じゃないじゃないですか。

こんなんだからこそ、ルミちゃん以下金太郎の純潔を守る会(仮)の人々は私と金太郎を離しておきたがるわりに、金太郎に積極的かつ個人的なアピールを行わないのでしょう。彼女らは賢いし、正しい。愛でこそすれ、焦がれてはいけないのである。月のような男だな遠山金太郎!しかしそんなこと今更言ってももう遅い。私はもうなんか色々限界ですし、金太郎が私をほかの女子よりは重要な位置に据えていることは疑いなくこれからもそう接してくるに違いないし、しかしそれが恋愛感情なのか微妙だし、・・・アホな私がああーっ考えるのめんどくせーっ!!!となるのは自明の理である。



そうして色々なことを考えた結果、現状全てが面倒くさくなってしまった安牌ウーマンこと私は、勇気を出さずに何もかもを放棄することを決定した。作戦名をグレートエスケープ。無駄に英語を使った作戦の内容は至って単純である。この私の無駄な運動能力をいかしつつ遠山金太郎を回避するというだけのことです。守る会(仮)の妨害の比ではなく徹底的に回避するということです。登校時間が被らぬよう朝は四時に起きて五時には家を出、授業中はできるだけ俯き、チャイムが鳴った瞬間女の子に話しかけて外へ出、昼は屋上で食い、部活はラリーや球出しなどは頼まれないよう雑用を精力的に行い、下校は職員室に立ち寄って質問をして時間をずらして一人で帰る。ルミちゃんたちの妨害に助けられながらも金太郎と私は隣の席だったので大変辛かったのだが、そうこうしているうちに席替えが起こって私たちは席が離れ大分楽になった。すげえタイミングだなと思っていたらルミちゃんたちが先生に直談判したとのことである。席替えのとき金太郎が「ええー!わいの隣りがええ!」とゴネたせいで私の心臓はまたもちくちくと痛み更に女子一同からの視線もちくちくと刺さり散々だったのだけれども私は適当に笑ってごまかして事なきを得、席は廊下側の前から三番目を獲得した。金太郎は教卓の目の前になってしまって不服の悲鳴をあげていた。

それからというもの金太郎はちょいちょい授業中こちらを振り返って私のことをじっと見るのですが、私は気付かないふりで黙殺。沈黙は金。申し訳ないのだけれども、私は金太郎のことを考えていろんなことがぐちゃぐちゃになるのは嫌なのだ。だから縋るような視線にも胸の痛みにも気付かないふりをします。離れていれば不思議と気持ちは落ち着くものでして、一時は金太郎の声を聞くだけでびくん!としていたんですが、作戦をはじめて一週間もすると段々慣れて特に反応もしなくなりました。やったねたえちゃん!考えれば考えるほど私のとった行動は正しかったように思える。だって惚れるという言葉の意味も知らない、自由奔放、不羈奔放、天馬行空な男の子なんて、私の如き小庶民が初恋の相手にするには危険すぎるではありませんか。







さてそんなこんなで金太郎との会話が一日に一度あるかないかまで激減して早十日。女子ににらまれることもなくなりクラスに溶け込めはじめたある日。いつものように部活のあとわき目も振らずに職員室に駆け込んで数学の先生に質問にした帰り、夜の帳も降りた後。私の肩を掴んでニッコニコした男の人は暗がりだというのにまぶしいことこの上なく、その身から発光する生命体なのだといわれても然りと頷かざるを得ない美しさであったのだが、美しいものというのはどうしてこんなにも威圧感を放つのでしょうか。金太郎然り、ルミちゃん然り、財前部長然り、このひと然り。

「話あんねんけど時間あるやろ?ちゃん。メシ奢ったるわ。毎日作るん大変やろ」

この人魔王だろう。ラスボスだろう。私は勇者ではないのに、何故私の前に現れるのか?安牌マンとかふざけてたのが悪かったのか?すいませんでした。アンパンマンに謝りますから許してください。ぐさっと音を立てて肌に輝くオーラが突き刺さるような錯覚を受ける。包帯を巻いた手が肩に食い込んでいる。

「こっ・・・・コンバンワ・・・白石先輩・・・」
「はいこんばんは」



神様なんかいねえ。





敵前逃亡者かく語りき