ライフカード。それは人生を豊かにする選択肢。例えば貴方の彼女がノイローゼで自殺を図ろうとしたとして、そんなときにも、慌てず焦らずライフカード。冷静になって状況を整理すれば自ずと最良の選択肢は現れるのだ。危機的状況でこそ人間の真価が問われる。ピンチとチャンスは同意義です。コンクリートジャングル・冷たい心の獣の群れ・野生の王国日本に在って悲観なんて以ての外であり、尻込みなどすればそれは即ち死に直結する。背中を見せたら打たれるぜ。活路を開きたければたとえ業火に包まれていようとも押したり駆けたり喋ったり戻ったりするようなことをしてはいけないのである。窮地に陥ったときこそ人間は平常心を保つべき。わかりますか?たとえクラスの女子にずらっと周りを囲まれて「金太郎とどういう関係なんか教えてくれへん?」などと笑顔で問われてもけっして焦ることはない。唸れよ私のポジティブシンキング。冷静かつ誠実に、正直な答えを出せばいい。さて私の手持ちのライフカードですが。


正直・・・・・・・・・・・・・よくわかんないけど、手●キはしました
オブラート・・・・・・・・・・手●キしたけど、ただの友達だよ
更にオブラート・・・・・・・・手コ●したけど、選手とマネージャーだよ
嘘・・・・・・・・・・・・・・普通に選手とマネージャーだよ!     ←★はい


「普通に選手とマネージャーだよ!」


この期に及んで神様なんぞ微塵も信じていませんが、もしもいるんだとしたら真っ先に誠実さを切り捨てた私をお笑いになりますか。でも冷静に考えてみてください。この場で「手コキしたけど、友達だよ!」とか言った場合、私のその後のはどうなるのか?まず間違いなく糞淫乱、ファッキン・ビッチの烙印を押され以降三年間暗黒の学生生活が待っているでしょう。たとえそこに至るまでの経緯を切々と話し、私がいかにそのような爛れた展開に持ちこまれることを回避しようと努力したのかを語ろうと、けして誰もわかってくれまい。何故ならこの世界において遠山金太郎は清く正しいクソガキであって気の重い性の実態ともっとも対極に位置する美しき少年であり、対する私は新参の転校生で距離を測りかねられていて今から淫靡な尻軽バカ女と位置づけることになんの苦労もいらない存在だから。そうです、選択肢なんか夢やったんや。何がライフカードでしょうか。人生を豊かにすることを考える前に私はライフをガードしなければならないのです。道徳よりも生存本能、命あっての物種。うちのクラスには大変可愛い女の子が多いのだけれども、可愛いだけに笑顔が怖い。その値踏みするような目をやめてください。心折れるから。

「ふうーん。ただのマネージャーなんに、毎日一緒に登下校かあ。おかしない?」
「いや部活の時間被るからね・・・!」
「この前手え繋いで帰っとったの見たで」
「いや・・・あのときはちょっと・・・具合が悪くて・・・」

手繋いだんじゃなくて引っ張られてたんだよわかるだろ常識的に考えて。などと思ったことは勿論胸の奥に鍵をかけて仕舞い、私は只管卑屈にへこへこと頭を下げ潔白を装った。いや、実際問題潔白なんだけどね!多分彼女たちに言わせれば私は重罪なのだ。認識の差が悲しい。今の私は差し詰め異端審問にかけられて火炙りにされる筈の魔女といったところでしょうか。冗談じゃねえよ。

「金太郎ってそういうんとちゃうねん。わかるやろ、さん」

にーっこりしてそう言う美少女に、背筋が凍った。ふざけんじゃねーようるせーなと思いつつも、小心者の私はどうにかこうにかソウデスネとだけ返すのが手一杯。あ、あ、多分借金取りのちょっと偉い中ボスが出てきてにこにこしながら、借りたもんは返さなアカンやろ、な?と言って来るときの怖さと同じだ。下っ端に怒鳴られるより怖い。恐怖でビクンビクンしながら、そもそも何ゆえこんなことになっているのか?と私は考える。

私という人間は基本的にいつも脇役なんですよ。村人Cくらいの役回りなんです。注目されるタイプじゃあないのです。そりゃ自分の人生だから、私の人生は勿論私が主役なんだろうけど、例えば人間の一生にタイトルをつけるとするでしょう?白石先輩が「聖書のと呼ばれた男」とか、金太郎が「浪速のゴンタクレ!」とかだったするのに対して、私はどうなるか。多分「コールスロー的女子の生涯」とか「付け合せのスパゲッティ的女の一生」とかだと思うわけ。コールスローの半生なんか全然興味ないと思うけど、まあ聞いてくださいよ。私は転勤族の家の出で、結構最近まで海外で現地の学校に通っており、そこのテニスクラブでせかせかと汗を流していたんです。自分で言うのもなんだけど誰も言ってくれないので言います。結構強かったんです。試合に負けたことは殆ど無かったし大会でも優勝してたし。すごいよね?主役っぽいよね?でも全然そんなこと無いんだこれが。何故なら私がチキンで、地味で、消極的で、目立たないから。初めの頃は違いましたよ。あの日本人やりおる・・・みたいな感じで、ちょいちょい同じクラブのエースの女の子から嫌がらせを受けたりするようなドラマティック展開も確かにあった。エースを狙え!みたいだな。わくわく。まあ読んだことないけど。でも私の腰の低さ、卑屈さ、そしてコート以外の日の当たる場所を嫌う属性によって次第に、この日本人はテニスしかないんだ・・・というところまで評価が下がっていき、最終的にはエースなのに地味という奇跡のポジションを得るに至った。転校が決まったとき、お別れ会で送辞をしてくれた同じクラスのキャシーは多分私のことを最後まで覚えていなかっただろう。彼女の台詞を私は一生忘れない。

「元気でね。・・・アー・・・。貴方のバスケとても素敵だったわ」

彼女、私の名前思い出せない上にクラブまで間違いやがったのでした。私がいつバスケをしたというのか。わろっしゅ。どんだけ眼中になかったんだよ。正直無視してくれたほうが遥かにマシだった。いや、いいんですよこれで。確かにキャシーの件はちょっとショックだったけれど、目立つと碌なことがないというのはガチ。私は東京の学校に転校しても新参者扱いが怖くて部活に入れなかったチキンなんです。帰国子女が全員アグレシップだと思ったら大間違いだからね。そのあと色々あって大阪に飛ばされてもやっぱり女テニには入れなかったしな。本当、ケンタッキーにも劣るチキンですね。2ちゃんねるも使い出して半年以上経つけど未だにROM専だし。

だからつまるところ何が言いたいかっていうと本当にこういうのやめてほしいんだ。私の付け合せ型人生の中にクラスのアイドル的男子をめぐって女子全員に詰め寄られるとか、そういうキラ☆少女漫画!みたいなプランは無いんです。ノーモアドラマティック。私はこれまでどんな功績を打ちたてようとも変わらず安定のさんいたの?気づかなかったー的薄いキャラだったしこれからもそれでいいのである。というか男絡みで注目されるなんてまっぴら御免なのである。ノーモアロマンティック。

「じゃあ、よろしゅうたのむで」
「ハイ」

しかし本当に私ってばチキンリトルに改名したほうがいいんじゃないか? という疑問と共に私の遠山金太郎回避大作戦は始まった。といっても別に私がしなければならないことは特にない。思い返してみて欲しいのだけれど、私が金太郎に自分から寄っていって構ってくれと頼んだことなんかあったでしょうか。なかったでしょうが。というわけで蓋を開けてみると苦労したのは私ではなく金太郎の純潔を守る会(仮)のメンバー足るクラスメイトの女の子たちのほうだった。金太郎が私に話しかけると、それはもう怒涛の勢いで割り込んでくる。すごい。パねえっスマジで。中一にして手コキを強要されるという有り得ない状況に陥らせられ、しかもなんかこれは・・・惚れられてないか・・・?いや勘違いかもしれないけど・・・という状態で、ひとりで気まずかった私としては、よく考えてみれば、これは願ってもない話だった。女の子たちは勝手にファイヤーウォールとなって私から金太郎を遠ざけてくれたのである。登校時間をできるだけずらして、部活をやりすごせば、下校は先輩と一緒だし、もうふたりきりになる暇はない。二度と爛れた展開に持ち込まれることはないだろう。好意を持たれて悪い気はしないけれども、総合的に考えて金太郎とちょめちょめって・・・いや無理だろう。という感じなのですよ。目立つし、女の子も怖いし。うん・・・いや・・・うん・・・無理!無理です!ちょっと寂しいとか思ってないから!幸いにも金太郎はそんなわずかな変化に気付くような繊細な神経は持ち合わせていらっしゃらぬご様子であり、騒がしさが半分欠けた日々は非常に容易く過ぎていった。はぶられることが予想されていた調理実習では、件のにーっこりした美少女、ルミちゃんがグループに入れてくれた。GJ。不良がゴミをゴミ箱に捨てるとすごくいいやつみたいに見える例の補正によって、私をグループに誘う彼女はまるで女神のように見えました。人間なんてそんなものね。

調理実習はカップケーキ作りだった。どうせなら肉じゃがとかにして夕飯に持って帰りたいと私は思うのだけれども、そんな所帯じみたことを考えているアホは私だけであり、周りはみんなキャッキャウフフしながらお菓子作りに勤しんでいた。ルミちゃんはちょっと不器用さんみたいで、生地を焼き型に入れる際に盛大にたらしたりなどしていたけれど、可愛いので許す。性格はちょっとあれかもしれないけど可愛い。出来上がったカップケーキをラッピングしながら彼女は私に向かって挑発的に微笑んで見せた。

「金太郎にあげんねん」
「へえ。喜ぶねきっと」

私はラッピングなどせず、持参したタッパーに作ったカップケーキを突っ込んだ。案の定その日、金太郎は大量のカップケーキをゲットしていた。まあクラスの女子の半数は金太郎のことを憎からず思っているようだし当然といえば当然ですな。アイドル性のあるヤツだと私は思う。食べっぷりがよく、貰うたびに盛大に喜ぶのであげるほうも嬉しいんだろう。私はあげなかったけど。まあ、いらんだろうよ、あれだけ貰っていれば。









放課後、部室に早く来すぎた私は一人、昨日のスコアを見直しながら、カップケーキをがしがし齧った。疲れた身体に甘いものは優しく、思ったよりうめえwwとテンションをあげていると、どういうわけか外から窓が勢いよく開き、何かが凄まじい勢いで部室に飛び込んでくる。何かが地面に付く酷い音。まあお察しかと思いますけど、それは金太郎だった。素晴らしい脚力で着地すると金太郎は私を見て、といきなり「あーっ!!」と叫び声をあげる。私は金太郎がいきなり飛び込んできたことよりも、その声にビビって慌てた。

「な、何よ・・・!」
「なんや!ケーキ自分で食ってしもたん!?」
「うん」
「なんでやねん!わいめっちゃ楽しみにしとったんやで!」

金太郎は大きな目を潤ませて私を睨む。俺の胃袋は宇宙だ。と言う古いドラマの決め台詞とともに太陽系のモデルが私の脳裏に浮かんだ。いやお前めっちゃ食っとったやん。とつられて思わず関西弁で脳内突っ込みを行い、体制を立て直す。

「いやあんたすごい貰ってたじゃん」
もくれるとおもっとったんや・・・」

うう。ひもじいわあ。とぼやいて金太郎は床に沈んだ。あんだけ食っといてひもじいってお前。こいつの食い意地には呆れる。そういえばこの前は弁当を奪われたな・・・。ふつふつと怒りがわいたけれど、金太郎があまりにもわかりやすくへこんでいるので、私は手に持った食べかけのカップケーキと丸まった豹柄の小さい背中を交互に見て、ちょっと考えてから、「食べる?」とたずねた。

途端に金太郎は顔を上げて笑顔をきらきらさせ、私の手からカップケーキをひらりと取った。「食う!」

私はテーブルの上のジャグから麦茶をついで金太郎に渡してやる。そういえば久しぶりにふたりきりだな。まずいな。早く先輩たち来ないとまたルミちゃんとかに怒られるかもしれないし。と私が思っていると、金太郎はカップケーキをもごもごと噛んで飲み込み、麦茶をかっとあおった。惚れ惚れする食べっぷりである。そして口元を手の甲で拭い、私に向かって満面の笑みを浮かべた。百万ドルの夜景ならぬ、百万ドルの笑顔って感じで、あまりにもまぶしく私は思わず下を向いた。

「おおきにな、のが一番うまかったわ!」
「・・・や、ルミちゃんのと同じだから。そういうお世辞いいから」

俯いて手を振ると、前髪の隙間から見た金太郎は目を見開いてきょとんとした顔をした。何言ってんだこいつ、みたいな目で私を見る。

「同じなんやろ?同じもんやったらからもろたんが一番うまいわ」





















「・・・・・・・・や、まずいよ?」

私が半笑いを浮かべて呟くと、金太郎は眉をひそめて怒った顔をした。

「そんなん言うんやったら最初からわいによこせや!」
「いやだよ」
「なんでやねん!」
「まずいから」
「まずくないって言うとるやろ!」
「まずい」
「まずない!」

まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい。私は耳を塞いで、金太郎がむきになって怒るのを遮るようにそれだけを唱え続けた。先輩が眉をひそめて鬱陶しそうな顔をしながらドアを開けて、なに騒いでんねん、とぼやくまで、ずっと。

まずいですってば、金太郎。私は自分のコールスロー的人生が気に入ってたんだよ。いいのだよ。特別なんかいらない。あんたの言った言葉の意味も、この頬の熱の意味も、わかりたくなんか、ない。「まずい!」






あまくてまずい