氷帝学園男子テニス部二年の鳳長太郎は顔良し成績良し性格良しでピアノも弾けて親父は弁護士、正直言うことない男だが、時々意味がわからない行動をする。というと語弊があるのだが、より正確に言えば彼はとあるひとつの奇妙な行動を私に対してほぼ毎日行っている。月火水木金土。日曜日は行われないが、それは多分学校がないので出来ないだけであったらきっと日曜日もやったことだろう。賭けてもいい。

その奇妙な行動について語る前に、鳳長太郎がちょっと常軌を逸脱したレベルにモテるということをここに申し上げておく。勿論我がテニス部の二大巨頭、跡部・忍足ほどではないかもしれない。いやタメ張る程度ではあるか。なんというかモテかたの種類が異なっているので比べるのは無意味かもしれない。跡部を本気で攻める女子というのは実は少ないのである。ギャーギャー騒がれる派手さではナンバーワン、高確率で返礼が来るので貢物の数もダントツだが、無礼を承知でたとえれば彼は動物園のパンダみたいなものだ。住む世界が違う。パンダを見てその愛らしさにいくら興奮してもパンダと結婚したいと思う女子はいないだろう。かたやナンバー2の忍足だが、こいつは気持ち悪い。というのは少数派な私の個人的な意見で、ちょっと信じられないほどにモテるのだが、触ると火傷しそう(笑)な影(笑)のある男なので、ファンは貢物や応援などはするものの表立っては静かなもので、その活動は専ら水面下での工作になっている。即ちイジメ、イビリ、忍足くんに近づく害虫を駆除。その忍足の持つ影とやらは正直彼の前髪が長いだけのことだと私は思うのだけれど、そんなことを思っているのは私だけで彼女たちは至って真剣である。

話を元に戻すと鳳のことだ。鳳のファンは、良家の子女という感じの正統派な女子が多い。ファンと言うよりは、鳳のことを好きな子と表現したほうがより正しいだろう。本気でそいつが男の子として大好き、応援したい、という女の子の数が一番多いのは、多分鳳なのである。大多数の忍足のファンの最悪なところは忍足が男の子として大好き、応援したい、という気持ちよりも、自分のものにならなくてもいいけど忍足が誰かのものになるのは許せない、という気持ちのほうが大きいところである。私はそういうのは恋と呼びたくない。跡部はまあ、光源みたいなものだ。面倒なので割愛しよう。

さてそんな鳳は毎日毎日、月/火/水/木/金/土、驚くような数の贈り物を頂く。貢物ではなく贈り物というところがミソだ。大半が手作りのお菓子なのだが内容は多岐に渡る。マドレーヌ、フィナンシェ、マカロン、クッキー、ヌガー、チョコレート、ガトーショコラ。甘党がはじめ狂喜しても三日でげんなりしそうな量を彼は毎日必殺0円スマイルを湛え、受け取る。けして断らない。「うれしいな。ありがとう」とテンプレ感謝を述べて可愛い袋に入った菓子を、大事そうにサブバックにしまう。知っているだろうか。あのサブバック、彼は贈り物を入れておくために毎日制服のポケットに折りたたんで仕舞い、携帯しているのである。別にいいけどちょっとイラっとくる。これも私だけかもしれない。鳳の優しさに独善と自己愛の影が見え隠れするなどと思っているのも私だけみたいだし。

彼の性格に関する考察はおいておこう。その菓子その他を入れておくためのサブバックは赤と白と紺のお洒落なチェック柄の、薄手の布でできたトートバックだ。右端に小さく、見えないぐらいに小さく、茶色のくまさんの刺繍が施されている。私は部室のテーブルの上に置かれた、中身を出されくたりとした布鞄を掴んでしげしげと眺める。男子中学生が持つには聊か可愛らしすぎるが、鳳ならば問題ないのだろう。鳳が私を見ていたので、かわいいねと儀礼的に言ったら、あげましょうかと返されて大層後味の悪い気持ちになった。勿論遠慮してテーブルの上にそれを戻す。机上には鞄のほかにロイヤルコペンハーゲンのティーカップが二人分湯気を立てている。私が淹れたウェッジウッドのオレンジペコ。跡部が煩いので覚えてしまったがウェッジウッドのオレンジペコとトワイニングのオレンジペコの差なんて値段ぐらいしかわからない。鳳にはわかるらしい。全然違いますよと彼は言う。紅茶のほかには鳳の戦利品である贈り物の可愛い袋が無造作に転がっている。

毎日放課後になると、鳳は絶対に、一番初め部室にやってくる。私はマネージャーなので、準備の関係で毎日帰りのHRをふけることを許されていて、自然と私たちは放課後の一定の時間ふたりきりで過ごす。鳳は毎日、部室に走ってやってきて私に笑顔の挨拶をすると、受け取ったときからは信じられない粗雑さでサブバックをひっくりかえし、色とりどりの贈り物たちを机上にばらまく。そしてにこにこしながら説明を始める。ひとつひとつ、驚くほど緻密に、その贈り物の贈り主の名前、学年、クラス、顔の特徴、見た感じの印象、何度目の贈り物なのか、などを。私はそれを椅子に座って足を組んで聞いている。一通り説明が終ると鳳は私にこういう。

先輩も一緒に食べませんか?」

私は女の子の思いのこもったお菓子を横から貰うというのはモラルに反することだと思うのでその申し出は断る。絶対に断る。すると鳳は物凄く残念そうな顔をしてそうですかといい、袋を開けてお菓子を食べ始める。私はそれを見ている。大体カップケーキ3個程度の量が限界らしく、彼は困ったように口を押さえて、暫く逡巡したあと、菓子を長い両手でかき集め、ビニールに入れてゴミ箱に捨てようとする。そこで私は漸く折れて鳳の捨てようとした菓子を受け取り食べ始める。鳳はとてもうれしそうな顔をする。私は自分の胃袋の許す限りそれらの菓子を咀嚼・嚥下し、残ったものは鳳に返す。捨ててはダメだとと言う。すると鳳は残った菓子を見つめて、「これは宍戸さんに差し上げます」と返す。それは絶対に宍戸である。日吉や岳人や慈郎ではない。

「日吉でもいいじゃん」
「ダメですよ。宍戸さんでなきゃ」

この気持ちの悪い宗教じみた儀式のような真似を鳳はこの半年間殆ど毎日繰り返しているのである。奇行でなくてなんであろうか。私は鳳に毎日のように菓子を贈る数名の女子の顔と学年とクラスと名前と印象とをすっかり記憶してしまった。まさにメモリの無駄遣い。鳳はこの時間いつも尻尾がついていたら千切れんばかりに振っていただろうと思う程度にご機嫌だ。今日も例に漏れていない。私は手持ち無沙汰になっていた貝殻型のマドレーヌを齧りながら鳳を半眼で見つめる。鳳は鳳を半眼で見つめる私を嬉しそうに顔をほころばせて見返す。宛ら犬のようだ。大型犬。毛並みのいいゴールデンレトリバーといったところである。狩の成果を飼い主に自慢するが如く、鳳は贈り物を私の目前に晒し、詳細に説明し、献上し、私をじっと見つめる。今日もやったし、明日もきっとやるだろう。

「犬みたいだね、あんた」

通常私は毎日黙ってこの時間をやり過ごし、暫くすると滝がくるのだが、今日はなんとなく違うことをしてみたくなって、ただの気まぐれにそう言った。鳳は形のいい目をぱちくりと瞬く。真顔になった。それから少し間を置いて、こんなことを言う。

「撫でますか?」
「ねえよ。こんなでかい男」

やっぱりこいつちょっとおかしいな、と私は思う。マドレーヌの最後のひとかけらを口に放り込んで、適当に噛んで紅茶で流す。鳳はちょっとのあいだ沈黙していたが、やがておもむろに肩を丸めた。なんだろうと思ったら、そのまま私の椅子の傍にしゃがんだ。足をずっと組みっぱなしにしていたのでそろそろ組み替えたいのだが、今やったらパンツ見えるな。鳳はこちらを見上げてにこりとする。

「ほら、小さくなりましたよ」

犬扱いされて嬉しいのか己は。人としてのプライドないのか、と私は思ったが、すぐにこの男が時々痛々しいほどに自虐的なことと、聖書を読むわりに人間と動物に分け隔てない愛を注いでいることを思い出した。撫でて欲しいのとたずねたら、満面の笑みで「はい!」と返される。反抗するのも面倒なので、膝より少し高い位置にある鳳の頭に手を伸ばして、色素の薄い髪をぽんぽんと撫でてやる。見た目より硬い髪質で、触れるとシャンプーのにおいがした。目を細める鳳は麗しい男である。わざわざ私にこんなことをさせなくてもいいだろうに。思わず溜息が漏れた。

「なんでこんなことになってんのかね、私たちは」
「偶には褒めてくれてもいいじゃないですか。俺先輩にあげてばっかりですし」
「聞き捨てならないなあ。欲しいなんて言ってないのに」
「はい。俺があげたいんです。先輩、」

俺にお菓子くれる子の名前、覚えましたか。鳳は私の右手に頭を撫でられながら、膝においていた左手をひょいととって、自分の頬に当てる。真直ぐな目が私を射抜く。私はうんざりして眉を寄せた。

「あんた結構いつも意味がわからないよ、鳳」
「本当に?」

ほんとうにわかりませんか?鳳はそう言って私の膝頭に口付ける。行儀の悪い犬め。私を懐柔したければ、ゴディバのチョコでも持ってきやがれ。私は膝を少し浮かせて、てんで躾のなってない犬の額にごつんと当ててやった。



( 調教ごっこ )