私が目を覚まして服を着替えて髪を梳いてファンデーションと日焼け止めを塗り口紅を引いてバッグを持って出かける準備万端、となった丁度そのときに40本の赤い薔薇を持った折り紙くんがうちのベルを鳴らしたので、私はその重たい花束を受け取って、花瓶に生ける際、邪魔になる長い髪をおざなりにまとめ、その後で彼に紅茶を淹れてあげて私も一緒に飲む、ということをした。つまり結局私の外出の予定は台無しになってしまったのだ。まったくもう折り紙くんってばタイミングが悪すぎる。絶対女の子にもてないに違いない。悲しい哉、彼がタイミングを合わせられるのは見切れの瞬間だけなのである。けれどもこんなことを私の口から言うのはあまりにも残酷なので、私は折り紙くんのぼそぼそと喋る声を話半分に聞きながらうんうんと頷いてあげた。さっきから綺麗な指先がテーブルの上の私の手を触りたそうにうろうろと動いているので、私は自分の手をテーブルから引いて行儀よく膝の上に乗せる。だって折り紙くん絶対手汗かいてるもん。外は灼熱の地獄の如き暑さであり、折り紙くんは恋をしていて、しかもその相手は彼の目の前にいる女なのだ。彼が手汗をかく条件は揃いすぎているというものである。 そう。折り紙くんってば私のこと好きなんだって。そんなインスタントな恋をされても、別に意外でもなく、わかりやすすぎるなあという感想しか抱けない。私は常日頃から折り紙くんの愚痴をいつでも辛抱強く聞いてあげていたのだし折り紙くんが喜ぶようなテキトーな優しい言葉をたくさんかけてあげていたのだから。わかりやすすぎてちょっと引いてる。しかしそんなんで本当に私のことを好きになってしまう折り紙くんは果たしてシュテルンビルトを守護するヒーローとして大丈夫なのかな?と私は思う。ハニートラップとか大丈夫なのかな?と思う。でもよく考えてみたら彼は大抵ランキング最下位だったしそんなに気にすることでもないのかもしれないね。どーでもいいし。私は紅茶を飲み干して、そろそろ相槌にも飽きてしまったので、カップをおいて彼ににっこりと微笑みかけた。 「ありがとう折り紙くん、そんなに私のことが好きなら、私に擬態しておっぱいさわってもいいよ」 忽ち折り紙くんは瞠目した。碧い瞳の円が強調されてまるで嵌めこまれた宝石のよう。お気に入りのティーカップが彼の手から滑り落ちてテーブルの上をころころと転がって止まる。落ちなくて良かったな、と私は思う。陶器の破片を完璧に拾い集めるのはとても大変なのだ。それに慌てたヒーローが帰り際にうっかり破片を踏んづけて怪我でもしたら大事である。足の裏には神経が集まっているから怪我をすると酷く痛むし、気になってしまって困るのだ。折り紙くんはすみません、と言ってティーカップをソーサーに戻そうと腰を上げた。いいよ気にしないで、と私が言い終わる前に彼の中指の先が赤く染まり、その朱は驚くべきスピードで手の甲全体を覆い首を通って額までを埋め尽くした。いくら家族内では白いといっても結局純ジャパニーズの黄色い肌を持つ私と違い、折り紙くんの肌は一点の曇りをも許されていない純白なので、肌の紅潮も非常にあからさまだ。宛ら水銀の温度計のようであった。恐らく頭皮まですっかり赤くなってしまっただろう折り紙くんは外に跳ねた金色の髪を両手で押さえつけ、 「うわあああああああああああああ」 と絶叫すると、転がるようにして私の家から出て行ってしまった。一人残された私は外出を諦めて、お昼のサンドイッチを食べながら買ったままパッケージも開けずに放置していた映画を見ることに決めた。オードリー・ヘプバーン主演の『シャレード』という最早古典となってしまった古い作品なのだけれど、しかしヘプバーンの美しさと可憐さときたら『ローマの休日』の時から殆ど色褪せておらず、偽者のバーソロミュー氏の拳銃に追い立てられて逃げ惑う彼女はまるで人目を避ける妖精のようにかわいらしく溜息が出るばかりだ。私ってサディストの気があるのかしらね。 映画が終ると丁度ヒーローTVが始まったので、テレビをつけたまま私は晩ご飯の支度を始めた。モニターの向こうで折り紙サイクロンはブルーローズの張った氷に滑って転んで頭をぶつけていた。彼が見切れに失敗するなんて珍しいこともあるものだ。今期もきっとまた最下位だろうなと私は思う。ヒーローTVが終ると、私はチーズを乗せたハンバーグを食べ、ワインを飲み、バスタブにお湯を張った。食器洗いを済ませてしまうと外はすっかり夜である。入浴を済ませ、少し早いけれど折角の休日なのだしもう寝てしまおうと思った丁度そのとき、折り紙くんが再びうちのベルを鳴らしたので、私はまたブラジャーをつけなおして応対しなければならなくなった。もう。本当にタイミングが悪い。 仕方がなく中に通した折り紙くんは思いつめた表情をしていた。多分滑ったときに頭を打ってしまったのだろう、包帯を額に巻いている。私は折り紙くんに珈琲を入れて出してあげたのだけれども、折り紙くんってばソファーに座ったっきり何も言わないので、私は少し困ってしまった。折り紙くんのことを好きだな、と思えない所以は大体こんなところにある。気弱なのだ。私はもう少し肉食系っていうか、がつがつしたのがすきなのに。そんなことを思って照明を眺めていると、折り紙くんが俯いていた顔を上げて、思いつめたような顔で私をじっと見てた。表情が彼にしては珍しく強気だったので少々驚いていると、折り紙くんは何か決意したらしく、低い声でこんなことを言った。 「・・・僕の能力は表面しか擬態できないんです・・・」 その目があんまり本気なのにうっかりどきどきしてしまった私は首を傾げて笑い、「そう、じゃあ見る?」と尋ねた。頷いたときの彼の熱の篭った碧眼は非常に素晴らしかったのだけれども、私が彼に恋をするのは大分時間が掛かりそうである。だって折り紙くんってば、おっぱいみただけですぐ帰っちゃったんだもん。 |