予言と言えば蝦蟇だ。昔は他の種族やら一門やら色々といたようだが、昨今は先読みの力の話はとんと聞かない。未来視の能力は戦乱に利用されやすく、故に淘汰も早かったのだろう。かく言う私の一門も先を読む術を有していたが、何処も似たようなもので、ほかの一族との戦に巻き込まれて壊滅、生き残った僅かな者たちも離散した。私自身も千手一族の客分という、随分耳にやさしい名の囚われの身で、自由に里の外に出ることも許されていない。身内を探すこともできないまま千手に縛り付けられて数十年の月日が経つが、いよいよ自分が一族最後の一人になったということはなんとなくわかっている。感覚的に把握したことが「正しい」のが、私たちの一族の先読みの特徴であった。私は此処で死ぬことになるのだろうと将来を眺めている。里などという大それたものを作ろうというのに、ときどき自分の檻、否、墓穴を掘っているような、なんとも複雑な気持ちになるのだった。 あのあたりは壁面の地盤が緩く水が出るかもしれないので家だの屋敷だのを建てるのには向くまい。土砂崩れが起きたら危ないのでもう少し西側に寄せておくのが宜しいだろう。幼子もいる家庭なのだからと親切心でそう言うのだが私はあまり「うちは」の人間からは信頼を置かれていないようである、会合ではうちはの若者からいかにもな疑念の目を向けられてしまった。車座の丁度真向いに座しているものだから始末が悪い。今は黒い双眸が、時々紅をのぞかせている。その光は敵愾心の証だとわかっていても、美しい、と素直に思わせた。 うちはの一族は「写輪眼」を持つ。写輪眼の美しい紅色の眼は、この世の遍く物の心理を見通しながら、覗き込んだものを破滅の幻惑へ引き摺り込む。力のある瞳を持っているためか、他人からの提言を嫌いがちだ。まあそれも、無理はない。私にはあの壁面が今、本当に水を含んで緩んでいるのかはわからないのである。ただなんとなく建てた家が土砂に飲み込まれる日が遠い先にあるのを感ずるのみだ。だから、今を正確に見通すうちは一族には理解ができないのだろう。反発は必然であった。ここはこの青年やその息子の故郷になるのである。たかだか場所でも、そう簡単には譲れないものだ。 私には最早帰る場所など存在しないが、死ぬ前にどうしても見たいものがある。故郷の春、一年に一度だけ、写輪眼の紅色に似た花が草原一面に咲き誇る。私という存在からは大抵のものが奪われそぎ落とされて、もう殆ど何も残っていないのだが、その景色を美しいと思ったこころだけは、生涯誰も奪うことができない。私が実際にあの景色をみることは、私の未来にはないことが「わかっている」のだが、帰る場所とはそういうことだ。 「貴様は要領を得ないことを言う。あの地に自分の利になるものを作ろうというのではないか」 私の利になるものとは一体なんなのか、私にもわからないが、不名誉な疑いだが晴らすすべがない。読んだ先を不用意に人に語るのは、古い言葉だが“天命漏し”とされて、然るべき手順を踏まなければ聞いた人間の寿命すら縮めるのだった。不便なものである。取り敢えず弁明に口を開こうとして、隣から目の前にすっと二本の指が伸びてきた。傷だらけの太い人差し指と中指。千手扉間である。顔をあげると目が合った。何ら異能のない瞳であるのに、眼光の鋭さはうちはの若者の比ではない。 聞くが、と扉間は前置きをした。 「お前ならあの地をどうする」 「どう、とも・・・。私なら家は建てないというだけのこと」 「日当たりのよい土地だ。放置すれば却って異様だろう」 返す言葉がない。肩を竦めるが、扉間はもう私を見てはいなかった。顎に手を当て、暫く黙考する。決断も行動も電光石火の男なので直感型と思われがちだが、必要ならば人を待たせてでも思考に時間をかけるのが扉間という男であった。 「・・・このあたりにはうちは一族の供養塔でも建てるのがいいだろう。かねてより場所を探しているとうちはから要請が来ていた筈。屋敷は西側に移せ」 「名案ですねえ」 思わず手を叩くとじろりと嫌な眼をして睨まれたが、無視して、奥に座しているうちはマダラと千手柱間を盗み見る。マダラは自分の一族の家屋敷の建設状況等にはさして興味がないようで、腕を組んで目を閉じている。隣の柱間は笑顔でうんうんと頷いていて、つくづく対照的な二人である。うちはの男を振り返ると、まだ納得と言うほどでもないのだろうが、供養塔ならば、と最終的には頷いた。 「うむ、ではこれにて解散としようぞ!」 柱間が音頭を取り、会合が終わる。彼は自然に人の上に立つのが上手い。うちは、千手、奈良、山中、秋道、油女、犬塚、日向、その他諸々。これだけ多彩な一族や人物を集め、多様な議題を取り扱いながら、実に嫌味なく場をとりまとめて動かす。皆少し緊張の解れた様子で部屋を出ていくのを横目で見つつ、懐から硯箱を出し、地形図を床に広げた。筆であたりをつけて地図を書いていく。今回の会合ではうちはの集落の議題が主であったが、粛々と里は街の形を作りつつある。腕の良い大工を火の国の大名の肝いりで集めている上、柱間は木遁を使うので、建物が出来上がるのがとにかく早い。早いことは肝要である。ただの寄り合いでは他の一族や連合に責められる危険がぐっとあがる。要塞都市の形を取ることが何よりも重要であった。 何をやっているのだろう、と思わないでもないが、里の整備が進むにしたがって、戦乱の世が終わりつつあることを、私は明確に感じ始めていた。それは多分よいことだ。善い夢だ。必ず素晴らしい結果を結ぶと、信じている。 瞬間的な頭痛がする。蹲って固く目を瞑った。筆先から墨がぽたりと紙に垂れる。 嘘だ。本当はわからない。これが一番良い形なのか、私にはわからない。背中に何かとても悍ましいものが爪を立てているような気がすることがある。目の前の人間ができるだけ死なないように努めることしか私にはできない。目指したものの先に何か、すごく嫌な感じがする。ものすごく。とくに、マダラや柱間を見ていると、酷く不安になる。 それともそんなものは杞憂なのか。自分がここでそう遠くないうちに死ぬことを感じているから、その所為なのだろうか。 「おい」 左手首を引っ張り起こされる。自重を支えることができず、よろけた拍子に指先から筆が滑り落ちだ。崩れる肩を、太い腕が抱いて支えてくれた。扉間だった。きつい顔立ちに不釣り合いな、困惑の色をのせている。 「疲れているなら休め。後はオレがやる」 「・・・大丈夫。段々、街が出来ていくなと思ってただけです」 「お前は街が出来てくると具合が悪くなるのか」 頭痛が酷い。こめかみがずきずきと痛み、段々自虐的な気分になってくる。言わなくていいことは言うな、と思うが口が止まらない。 「そりゃあ自分の墓作っているようなものですしね」 八つ当たりの嫌味を飛ばすと、扉間はハタキかなにかで殴られたような顔をした。私の肩を掴んだ指が肉に食い込む。無骨な面差しが眉間に皺を刻んで、さらに剣呑な雰囲気を醸し出していた。だが見た目ほど喧嘩っ早い性質でないことは知っている。これはいきなり殴られてムカつく、というだけの顏だ。それほど刺さる言葉でもなかったようである。良かった。現に拗ねたようにそっぽを向いて、だが指先は丁寧に、私の額に張り付いた前髪を除けてくれた。数十年も前に私を千手に縛り付け、今尚自由を奪いこき使っている張本人とはとても思えない、睦言のような甘さであった。女に手慣れた手つきが面白くて、口を押えてくっくと笑うと、咎めるように額を爪でそっとはじかれた。耳に伝わる、安定した鼓動の音が心地よい。 愛情深く情熱的な千手一族の魂は、この底冷えするほど冷徹で合理的な男の根幹にきちんと存在する。千手扉間が冷徹なのはそうすることが必要であるからに過ぎない。戦乱の申し子のように言われるが、戦乱こそが、扉間の外観を作ったのである。つくづくこの世はよくできている。人々が戦に疲弊して、芯から安定を必要としたとき、それに必要な人材は自ずと時代の中に生まれ出るのだ。私の見る限り、扉間というのはそういう存在だった。柱間の圧倒的な強さと人柄とに隠れて陰に徹しがちだが、扉間の堅実さと徹底した現実主義はこの里に必ず安定と恵沢を齎すだろう。きっと確実に。多分明るい、未来の話だ。 頭痛は引きつつあった。立ち上がって作業の続きか、大事をとって片づけをするか悩んで、数秒。結局私はどちらもせずに腕を下ろした。気が乗ったのだ。扉間の腕に体重をかけてしな垂れかかる。首の裏に手を回すと、扉間は常にないふるまいにもさして驚いたふうもなく、慣れた様子で私を抱きとめた。 「うちはの供養塔はよい落としどころでした」 「死人は土砂に飲まれても問題がないからな。土地は勿体ないが」 「先祖に対してその発想、流石血も涙もない火の国一の卑劣漢ですよ」 「・・・何だ。今日は自棄に絡むな」 言いながら、左の手が私の腰を抱き、右手が頭を撫でる。熱くて大きな掌だ。信じられない。あの千手扉間に甘やかされている。 「貴方こそ随分今日は私に甘い」 扉間は断じて、女だからと言って加減や情状酌量をするタイプの人間ではない。千手に囚われて10余年。逃亡を図ろうとして殴られたり術をかけられたり縛られたりしたことは一度や二度ではないが、腰を抱かれたり頭を撫でられたのは初めてである。私がふざけてすり寄ると、扉間はあきれ果てたように溜息を吐いた。 「ハァ、前が甘えるからだろうが・・・」 「甘えたら甘やかしてくれるんですか?知らなかったなあ。ねえ扉間さま、私時々はお外に出たいです。出してくれますか?」 顔をあげてにっこり笑い、扉間をの目を見据える。しかし扉間は大した逡巡もないまま、冷たい目をして斬って捨てた。 「出さん。諦めろ。ここで大人しく墓を掘れ」 「掘ってるじゃないですか。里の区画整備だってしてるし、運営だって。時々外に出たいな〜って言ってるんですよ。柱間だってオッケーって言ってるのに」 「兄者は甘いのだ。大体身寄りもないお前が外へ出て何をする。どうせ碌なことにならん」 「やだな〜束縛する男って。モテませんよ」 「女に困ったことはない」 「お盛んですこと。柱間も心配していましたよ。そろそろ身を落ち着けてはいかがです?」 扉間は一瞬動きを止めてじっと私を見つめた。考える間もなく身体が攻撃態勢に入り反射で右腕を振りかぶると、それを見越していたように軽くいなして手首をつかまれた。腰に回っていた手が一層の力を帯びて私の身体を固定する。動けない。耳元で擦れがちな低い声が囁きかける。 「お前が落ち着かせてみるか?」 ・・・この男はこうやって女を口説くのか。成程女が絶えないのもわかる気がする。出逢ってから今まで監禁と命令とを繰り返され、千手、ひいては里のために酷使されまくったために、扉間は私にとって口うるさい主にすぎず、男として意識をしたことがなかったが、この微塵の迷いも恐れもない目で射抜かれると揺れる女たちの気持ちはわからなくはなかった。 とはいえ、腐れ縁に火を付ける意味もない。そもそもこの男は女に惚れたりしない男だ。やる事成す事、全てに理由がある人間は、恋に身を任せたりはしない。掴まれた右手を払うしぐさをすると、存外簡単に拘束は外れた。扉間の肩を押し、身を離して立ち上がる。 「・・・そういう冗談言うんですね、貴方。もう結構。頭痛も引きましたし、あとは明日やりますから。片づけます」 「尻尾を巻いて逃げるのか」 言葉の意味を取りかねる。座ったままの扉間を見下ろすと、彼は相変わらず全く恥ずることも、引け目を感ずることもない真顔で私を見ていた。まさか本気で口説かれているのか、と思うが、本気だったとしたら、なんで振られたこいつはこんなにも堂々としてんだ、妖怪か?腹が立つ。自棄気味に頭を振って、腰に手を当てた。 「もしかして本気なんですか?」 私が問うと、扉間はつまらなそうに鼻を鳴らした。本気とも冗談ともつかない様子だ。この男は普通に冗談を言うが、真顔なのでいつもよくわからない。 「フン、お前の先読みも大した能力ではなさそうだな」 「何でも見えるわけじゃないんですよ。大体見ようとも思ってないですからね。本気ならお断りです。貴方を性対象として見たことないし」 「オレよりお前の方が余程情緒に欠けていると思うが」 「情緒に欠ける扱いを重ねた結果でしょうが。ほぼ奴隷ですよ私は」 そのはずなのに何故こんな展開になったのだろう、そもそも私が吹っ掛けたのだが、適当なところで殴られて終わるはずだったのに。途方に暮れていると、扉間も膝を払って立ち上がった。 「お前は嫁に行くつもりはないのか。兄者が嘆いていたぞ」 「私の10数年の奴隷奉公の間にロマンスを挟む隙はありましたか?そもそももうあまり時間もないですし・・・」 「時間?年齢的に薹が経っているという意味か?わざわざ言わなくてもわかる。なにが「ロマンス」だ。ババアの癖にカマトトぶるな」 「ぶっ殺すぞ、この野郎」 事実だけに殺傷能力が高い暴言である。胸に突き刺さる棘を無視して筆を拾い、硯箱に仕舞った。墨の乾いた地図を畳んで懐に入れる。立ち上がって見ると、さっきまで人が多くいたためか、空気の匂いが鼻についた。扉間に背を向けて、部屋の奥の窓を開け放つ。秋口の寂しい風が、遠くの方からゆっくりと吹き込んでくる。 「」 「何ですか」 「兄者がなんと言おうが、オレはお前を里から出す気はない。先読みの術は貴種だ。他里に奪われるわけにはいかん」 つまり死ぬまで籠の鳥。私は本当に墓穴を掘っているのだ。否、生ある人間ならば、掘った穴から出ることもできよう。私はもう死んでいるに等しい。わかっていたことだった。窓の外から里の景色を見る。柱間とマダラ、そして扉間の夢の場所だ。 この地に帰りたいと願う子供が、きっとこれから何人も生まれてくる。この地を愛し、慈しみ、此処を故郷と恋慕う子供たちが。たとえこの先に苦難が多くとも、戦がこの世から消えることがなくとも、本当の楽園にはならなくとも。私が故郷を想うような、この世に保存されることのない美しさや愛おしさは、きっと此処で無限に生まれてくるはずだ。私は自分の夢の場所に、二度と生きて帰れないし、待っている人間もいないが、誰かにとっての美しい場所を作れる人生は、そう悪いものでもないようにも思われた。子供は財産、世の宝である。諦めて墓を掘れ。そうですね。溜息。 「結構です。もう10年もここに奉公してるんですからね。不自由にも慣れました」 窓の桟に手をついて振り返る。扉間は腕を組んで、感情を載せない目でこちらを見ていた。夕暮れが近くなり、風強くなっている。凩がびゅうびゅうと音を立てていた。枯葉を巻き込んで、窓の隙間から入り込む。扉間の視線が木の葉に流れた。私は手を伸ばして、その一葉を指先に取る。かさかさとして固い。もうすっかり緑を失って、からからに乾いた茶色だ。そっと縁をなぞる。 木の葉。木の葉隠れの里。 忍びらしい、よい名の里だと思う。 「どうせ、近いうちに帰れます。この墓に身体が埋まったら。魂だけになって」 時間がないと言ったでしょう、そう呟いて肩を竦めると、腕のところに熱が走った。飛雷神の術のマーキングだと、瞬間的に理解する。私の印は左腕にある。むかし、出逢ったときに、扉間が私に付けた呪いであった。通常は感覚がないものだというが、私の体質のためなのか、扉間が私に飛雷神を使おうとすると、私の腕の印も熱くなる。この距離で術を使わんでも、と言おうとしたときにはもう、扉間の身体と私の間には距離がなかった。 腕を固く握られて窓に追い詰められている。髪を梳いた指先に顎を掬われて、そのまま口を塞がれた。扉間は体温が高い。口の中に舌が入り込む、その温度差に耐えられず、肌が泡立つ。一体何を、と思って睨んでみたが、扉間があまりにもいけしゃあしゃあとして目を閉じないので、私が根負けして瞼を下ろした。諦めだ。先の事は何も見たくない、扉間の不躾な蹂躙に身を任せてやる。身体を支えられずに窓に寄りかかると、後頭部に手のひらが回ってよりいっそう自由がきかない。虚脱した脳裏に浮かぶのは何故だか、この数10年の日々である。私は不羈ではなかったが、しかし、不幸ではなかった。いつもこの男が隣で私を見張るからだ。 どのぐらいそうしたのか、満足したらしい扉間はそっと唇を離した。足が震えて立ちくらみがする。崩れ落ちそうな身体を、太い腕が支えた。濡れた唇を無骨な指先がなぞる。何故、という気持ちと、もうどうにでもしろという気持ちが半々で、結局沈黙を埋めるために出てきた言葉は恨み言であった。 「・・・あなたいつも、私からなんでも奪っていきますね」 そのまま背中を救い上げられて、息もつけないほど固く抱かれた。胸に頬を押し付けられる。耳元で窺うような低温を絞り出す。 「オレが憎いか」 「・・・私に憎まれたらかなしいですか?」 頭の上で、ハア、と長い長い溜息が聞こえた。お前は知らんだろうが、と扉間は前置きをする。 「オレにも人並みの感情はある」 知っているさ。でもだからこそ、扉間は卑劣漢なのだ。他人の愛を、怒りを、喜びを、楽しさを、悲しみを、痛みをこの上なく理解し、なのにそれを最後の考慮にけしていれない。それが合理で、世の為だからである。必要ならば殴るし、監禁するし、犯すし、殺すし、拷問もするし、人体実験もするのだ。それが愛した相手でも、そこに酌量の余地はなく、私心も欲もない。あるのは燃えるような理想と慈愛だ。きっとこの男は、その先に暗雲が垂れ込めていても、一定の成果は出す、のだろう。愛を知り愛を愛し、愛を踏み躙って。鼓膜に響く扉間の心音は驚くほど平常で、恋を懇願する男のそれとはとても思われない。こんなものを恋と呼べるか。ただ、私が落ちるのを待っているだけだ。かたや、私はどうか。あの花の場所が遠い。扉間の夢は、私の夢ではない。相容れることはない。なのに、肉が腐って骨が朽ちても、私を捕え続けるつもりなのか。 (夢の場所) |