カンパーイ、って何回目だよ。頭上でジョッキがぶつかり合ってカンとコンの中間みたいなの軽い音を立てる。どいつもこいつも酔っ払っている所為か力加減をしないので、打ち合せる力が強すぎて、真ん中に行儀よく座っている私の上には、わりと洒落にならない量のキリン生ビールの飛沫が降り注ぐ。女友達に軽んじられない程度に高い、薄いピンクのセーターは、染みだらけで下品にべたつき、おまけにとてもビール臭かった。何で私こんなとこにいるのやら。梅酒飲んでグラスの底に残る梅を口に放り込みボリボリ齧って携帯を開く。ツイッターには罵詈雑言が飛び交っていて思わず溜息が漏れた。荒廃したタイムラインを数秒、眺めて、別に私悪くねっつの、と口の中でぼやく。女子会が台無しになったのは私より寧ろ、電脳上で荒れ狂ってる、一緒に飲んでた三人の所為じゃないのか。だってこいつらの誘いに乗り気だったのはあの子達のほうなのだ。私はちゃんと今日は女だけだからと断ったというのによ。しかし三対一は流石に分が悪いので一応、ごめんでもすぐ帰るから、とだけ書いたメールを一斉送信。一人からは五秒後に返信が着てあまりの速さにもたつきながら開けば、集団レイプされろ、と一言。あいつ絶対用意してただろこの文面。飲み屋で知り合った男の集団にとか普通にありそうな事件だなと不快に思いつつどうせ残りの二人も似たような反応だろうというので、携帯を閉じて鞄の中に棄てた。ってか普通友達にレイプされろとか書くかあ?女だぜ一応。しかしあいつら私がマジでレイプされたら表面心配しつつ内心喜びそうで女って本当に汚い生き物ですよ。やけっぱちで土間を歩いてる店員に冷酒一合!!と怒鳴ったら、私が女の友情の危機に瀕している間ずっと立ってぐらぐら揺曳し、都合六回ぐらい乾杯音頭を取ってビールを撒き散らし続けていた五人のバカ野郎どものうちの、うどんみたいな頭の阿呆と、焼き蕎麦みたいな頭の間抜けが、両脇から圧し掛かってきた。いい飲みっぷりじゃん!!流石!!もっと行けえ!目出度い目出度い、とかなんとか。何がそんなに目出度いんだか。レイプされろとのたまった友人がイケメンじゃーんと評した焼き蕎麦の額を押しのけて、殆ど残ってない梅酒のグラスを傾ける。想定外の味が口の中で暴れた。くっそまずい。何だア、と呻いてグラスを見たら、どうもうどんが振り回したビールが混入していたらしいことが知れた。頭きて、グラスの中身の僅かな残りをうどんの頭にぶっかけてやろうとしたら、タイミング悪く店員のネーちゃんが冷酒一合、お盆に載せてやってきて、眩い笑顔浮かべながら、するりと汚濁梅酒のグラスを浚って、代わりに冷酒を置いていく。流石美人は如才ない。やっぱり一緒に酒飲むなら美人だろ。こいつらも何で私を留めたがったのか。自分で言うのもなんだが仲間内で一番イモくさい自分が指定で留め置かれ残りの(表面は)かわい子ちゃんたち三人が返品される意味がよくわからない。冷酒かっ食らって、もう帰っていい、と比較的穏やかに飲んでいる、どうも双子らしい二人組みの、性格の悪そうな片割れに尋ねると、ダメ、と返された。私の友人たちにむかって、もうアンタら帰っていいぜ、という冷や水を浴びせかけた男である。なんで私は帰っちゃダメなんだ。しかし一番謎なのはさっさと帰らない自分である。友人じゃないが、あんまり無防備だと酷い目にあうこともあろうとは思うのだけれども。だけど、こいつらが私に酷いことするかねえ。そんな気がしないのよねえ。どんちゃん騒ぎ、乾杯音頭がもう何度目かわからない、飛び散るビール、数えている限り五回追加オーダーされてる冷奴。よく知らない人との飲み会もうるさい飲み会も嫌いなのに。私もビール頼んで、残りの冷酒ちびちび飲みつつ、得体の知れない郷愁めいた感情に首を傾げた。なんだろう。こんなこと前にもあった気がするんだよな。ずっと女子高で今も女子大なんだからそんな筈ないんだけどね。目の前の風景が頭の何処からともなく現れてくる映像と被る。でっかい盃になみなみと注がれた酒を一気飲みしてぶったおれた竹谷とか、ふんどし一丁でべろべろの鉢屋とか、酒が入るとシモネタがキツすぎる尾浜とか、滅茶苦茶強いのに一定量越えると泣き出す久々知とか、いつもコントロールが巧い不破とかのことが浮かんで消えない。ってかさ。誰だよそいつら。思わず呟くと同時に、頭の上からさっきの美人がビール差し出してくる。酒飲みきって入れ替わりで空のグラス渡して、ビール。去っていく後姿見て、誰にともなく美人だねと言ったら、横で焼き蕎麦が、だよな!と突如興奮。こいつデカ乳好きだったもんな。横でうどんが、オッパイでかいしな!と歯に衣着せぬ物言い。はオッパイちっせえよなって巨大なお世話じゃボケえ。何でそんなこと知ってんの、今日パット入れてるのにさ。はBぐらいだろうってズバリ当てたのは豆腐頼みまくってるアホ。てか何でこいつら私の名前知ってんのか。友達三人が名乗ってたときも隅っこにいて名乗ってないのに、と思ったら机上に免許証入った定期いれ置いてあって、ああーこれか。と納得して、手で証明写真のぶっさいくな面覆って、勝手に見てんじゃねーよ尾浜久々知!と怒鳴った。それはいいけどさ、尾浜久々知って誰ですか。さっきから私何言ってんの?頭冷やそうとビールを一口飲んだら、その場の五人のバカども全員、豆鉄砲食らったみたいに静かになってた。名前間違えたからか?帰るか、と足に力をいれかけたら、一番無難に酔っ払ってた双子の片割れの人のよさそうなほうが右から、ビール撒き散らしながら抱きついてきて、、この前僕たちディズニーランド行ったんだよ、も行こう今度は皆で一緒に行こうね。また友達になれるねって笑いながら泣く。はあ?悪そうなほうの双子が左からにょきっと出てきて、取り敢えず今日は皆でAVでも見るかとかふざけた事を言って茶化した。見ねえよ。ディズニーランドも行かないよ。ともだちでもない、今日限りで会うことも無いわ。面倒くさくて、おいうどん、こいつら剥がしてくんないって言ったら、もう名前呼んでくんないの?って首を傾ける。はあ、だって名前知らないもん。嘘嘘、さっき呼んだだろ?尾浜ってさ。こいつ尾浜なんだ。何その偶然。偶然なのか?運命?まさか。暫く黙ってた反動か、焼き蕎麦が突然咆哮、ビール高く掲げてカンッパーイ!!!って本当に、もう何度目かわかんない音頭を取り、残り四名、これ以上ないぐらいに笑って、怒鳴るように追従。うるっさいよ竹谷。右目にお前の撒いたビール入ったよ不破。咄嗟に押さえた右目よりも早く左目から涙が落ちて、鉢屋がこれ以上ないぐらい優しく笑って私の肩を抱く。頭の中にあふれ出てくる誰のものか知れない記憶のようなものと一緒に、どうしてなのか止め処なくなった涙の膜の向こうはもう、花火のように賑やか。ジョッキが鳴る音。ビールの泡が玉になって。