しい太くんの家の電話が壊れたというので二人で電気屋に出かけたのだけれど、目的の店に辿り着く前に見つけたリサイクルショップで、わりと新しそうな電話がとても安く売っていて、しい太くんはそれを見つけるなりすぐに、これにするでヤンス、と言った。確かに悪くはない電話だった。黒っぽいグレーで、ひらぺったい形で、なかなかにお洒落だ。値段も捨て値に近かった。三千円、しなかったと思う。私はあまり中古品を使わない主義で、リサイクルショップの品というのは気に入らなかったけれど、しい太くんの家の電話だし、彼がそれでいいというのならいいのだろうと思って、黙って頷いた。私たちは電話機を購入し、デニーズに入ってチョコレートパフェを食べ、手をつないでしい太くんの家へと戻った。久しぶりに部活のない日だったので、私たちは二人とも携帯の電源を落としていたから、うるさい呼び出しもこない。文句のつけようのない、いい休日だった。しい太くんのご両親はお仕事でいらっしゃらなかった。鍵をあけ、誰もいない部屋の電気をつけてしい太くんは私を中に促した。締め切られた室内はねっとりとあつい空気に満ちていた。廊下を過ぎ、リビングへ入り、勝手知ったるなんとやらで、私はベランダのサッシを開けた。生ぬるい風が頬をなめた。

後から入ってきたしい太くんは暑いでヤンスね、と言った。エアコンつけるでヤンス、と続けるのを、首を振って静止する。たしかに暑いけれど、過ごせないほどではない。しい太くんは渋々従った。手に提げた電話の入った袋をテーブルの上に置き、袋をがさがさと音を立ててはずした。丸めてゴミ箱へと投げる。入らなかった。私はそれを拾って、ゴミ箱に捨てなおした。それから、トートバックを取って、中からノートを出す。もうすぐ全国大会が始まるから、他校の選手のデータを整理する必要があったのだ。休みの日まで泣かせるよね、と私が哂ったら、しい太くんは優しくにっこりして、はマネージャーの鑑でヤンス、と私を褒める。悪い気は、しない。買い物に付き合ったお礼に夕飯をご馳走すると彼は言い、エプロンをして台所へと消えた。私はテーブルにノートを広げ、データの整理を始めた。

ピリリリリリリリリリリリ、と、電話が鳴って、私は驚いて顔をあげた。どうしたらいいのかわからずまごまごしていると、7コールほどしてベルはとまる。私はしばらく電話を凝視して、しい太くんを呼ぼうか、どうしようか迷って、結局やめた。夕飯のときに言えばいいことだと思ったのだ。私はまた作業に戻った。それから五分ほどして、またも電話が鳴った。ピリリリリリリリリリリリリリ、私はやはりどうしたらいいのかわからなくて立ちあがり、電話のそばをうろうろした。7コールしても、今度はとまらなかった。ベルに気づいたしい太くんが台所からひょっこりと顔を出した。



、出てくれでヤンス」
「は?え、いいの?」
「何言ってるでヤンスか、頼むでヤンス」



私はしばらく無言で電話の受話器を見つめた。止まるように願っても、ベルは全然止まらない。しい太くんが私を声だけで急かす。私は仕方がなく受話器を取った。



「・・・・もしもし」
『おい、浦山かよ!?お前何携帯の電源落としてんだよ!何のための携帯だよ!家電は全然でねーしよぉ!』
「切原先輩ですか?」
『そうだよ!決まってんだろ・・・あれ?お前もしかして?』
「はい。ご無沙汰してます」
『なんだお前らまだ付き合ってんのか・・・・いーねえ、ナニしてたんだよ』
「先輩が思ってるようなことでは、ないかと思いますね。すみません、ちょっと携帯からかけなおしたいのですが、よろしいですか?」
『浦山は?』
「かけなおしてから、出します」





私はそういって受話器を置いた。携帯をポケットから取り出して、電源を入れる。ブラックアウトしていた画面が光る。エプロンで手を拭きながら、しい太くんが台所から出てきた。「誰でヤンスか?」私は口元に人差し指をあてて、切原先輩のナンバーをプッシュし、耳に当てる。聞きなれたコール音。



「もしもし、切原先輩ですか」
『おー。』
「すみません。今浦山くんの家に電話をかけましたか?」
『は?ナニ言ってんのお前・・・暑さでおかしくなっちゃったか?今話してただろ!』
「・・・ですよね。すみません。かわります」



携帯をそのまましい太くんに渡す。しい太くんは小さく礼を呟いて携帯を耳にあてた。会話から推測すると、先輩方が次の試合を見にくる、その算段らしかった。私はしい太くんのエプロンの端を、電話中ずっと握っていた。10分して、彼は電話を切った。



「先輩なんだって?」
「予定を教えろってことでヤンス。次の試合は幸村部長たちも来るらしいでヤンス」
「よかったね。いいとこ見せなきゃね。」





私は彼から携帯を受け取って、そのまま136に電話をかけた。



「すいません、通話履歴を調べていただきたいのですが、どうしたらいいのでしょうか」



しい太くんはわけがわからないという顔で首をかしげている。私は買ったばかりの電話を指差した。しい太くんはしばらくじっと電話を見つめていたけれど、やがて目を見開いて、私を電話から遠ざけるように引き寄せた。私はそれに逆らうように身を乗り出して電話を指で弾く。電話はテーブルの上をするすると滑って、落ちる直前で止まった。見せ付けるように、私たちに向かってコードの差込口を向けている。電源も電話線も入っていなかった。





(え?/浦山しい太)