2011年、春も終わりかけ。久しぶりに利吉さんがわたしをお部屋に呼んでくれたので、喜び勇んでお洒落してきたというのに、こんなオチ。本当にやっていられないと思う。誰か彼に恋人は使用人じゃないという、恋愛において極めて基礎的な知識を与えてあげて欲しい。こんな人だと知らなかったわけではないので、期待した自分にも責めを負うべき点がないとは言わないけれど、だからこそいっそう腹が立つ。自分に対してはこんな男信じちゃって、と。利吉さんに対してはぬか喜びさせやがって、と。掃除をしてほしいなら、初めからそういえばいいのに!わたしは現在利吉さんのセーターをお気に入りのブラウスの上に被って埃除けとし、マスクをつけ、ハタキとゴミ袋を持って、最早腐海と化した利吉さんのワンルームの真ん中に仁王立ちをしている。利吉さんはそのすぐ傍でもう要らない参考書を紐でくくっている。普通逆でしょうといいたくなる。本当ならわたしがそういうこまごまとした掃除を司り、大本の部屋の片付けは利吉さんがやるべきなのだ。でもそれについては、彼に大掃除って似合わないなあと思ってしまうわたしにも大層な問題がありそうではある。


意外にも利吉さんは掃除が得意じゃない。というか、普段はそれほど散らかさないのだ。神経質なので、リモコンの位置まで決めているし、そういうのを変えられるのが嫌だから、人を自室に呼びたがらない。わたしすら嫌がられるので、小松田くんがこの人の部屋に入れる日は永久に来ないだろう。まあ、そんな調子なのだけれど、たまに疲労が限界を超えてしまうと、途端に全てがどうでもよくなるらしく、その際利吉さんの部屋はカオスと化すのだ。そしてわたしを呼びつけて掃除をさせる。中三の受験期がそうで、ああ、そうだあの時もいきなり家に来ないかって言われて喜び勇んで出かけたなあ。そして部屋の掃除をさせられたのだった。うわあ。わたし全然学習してない。あのときの惨状も、筆舌に尽くしがたいものがあった。あの中三の最後の春、この部屋の何処で勉強していたのだろうとわたしは思った。今も同じことを思っている。利吉さんは今回司法試験を受けたのだ。勿論合格した。しかしこの部屋の何処に六法全書を開くスペースがあったのか。答案を作成するための平らな表面があったのか。わたしにはわからない。


わたしは部屋全体にはたきをかけて埃を落し、御座なりに詰まれた参考書の山を本棚にいれ入りきらないものは隅に系統立てて並べ、衣類は全て洗濯機に突っ込んで洗い、流し台に堆く積まれた洗物を全て清め、溜まったゴミを分別してひとまずベランダに出し、こまごました塵と思われるものはすべてゴミ箱に捨てた。トイレを掃除し、バスタブを磨いた。わたしの素晴らしい働きによって部屋は取り敢えず人が生活できる空間を取り戻しつつあった。床には手付かずの小物やファイルなどが散乱しているが、これを片して掃除機をかければ部屋の掃除は完了だ。あとは乾燥機にかけた洗濯物を出してシャツとズボンにアイロンをかければ完璧。わたしは力を振り絞って散乱物をかき集めた。その中にブルーの、目の粗い布でできた袋があった。見覚えが、あるような・・・。ひっくり返してみると、TUTA・・・ああ、ビデオ屋のか、と合点した。中身を出すとDVDが出てくる。昔の映画だ。気狂いピエロ。ジャン・リュック・ゴダールの名作である。利吉さんっぽいなあ。レシートが一緒に入っていたので、期限を見ると、5/30とある。昨日じゃない。


「利吉さあん、ビデオ返さなきゃダメじゃないですか」
「は?何を言ってるんだ。ビデオなんか借りてないよ。そんな暇あったわけがないだろう」
「でもこれ利吉さんのでしょう」


利吉さんはイライラしたように、読んでいた雑誌から顔を上げた。ビデオを差し出すわたしの手から、乱暴にそれを受け取る。レシートを面倒くさそうに眺めて、それから彼は硬直した。


返却期限:2010 5/30


「きょ・・・去年・・・・」


部屋に絶叫が響いた。





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