それからは髪を切り赤い色に染め、派手な化粧をするようになった。
それからと書くのは正直オレが一体いつからこんな消毒液臭いところでベッドに縫い付けられて胸元に十字架くっつけたオリモノくさい看護婦に身体中の世話を焼かれていて、いつまでオレが組織を裏切った殺し屋でチームの奴らとボスの娘を追い掛け回していたのかよく覚えていないからだ。ギアッチョがブチ切れしそうな曖昧さを回避するために(そんな必要は全くないが)もっと解りやすく言えばこうだろう。
プロシュートが死んでからは髪を切って赤い色に染め派手な化粧をするようになった。
いやオレが毒蛇に噛まれたっぷり一ヶ月間生死の境をさまよって目覚めた瞬間そうするようになった可能性も0じゃあないが。
どうでもいいだろ?
往々にしてそういう生き物だと知ってはいたが、知識だけでは衝撃をカバーできないほどは激変した。女は化け物だ。そうじゃなきゃがスタンド能力者なんだろう。以前のと今のは別人と言ってよかった。すこしふくよかになったみたいだし、妊娠させたいぐらいだ。きっといい母親になるぜと笑ってやったら、オレのベッドの傍に腰掛けて足を組んだは、赤みの強いオレンジのグロスに彩られた唇を薄く開いて、それもいいわね、と微笑まじりに言った。つまんねえな。肩より少し上で切りそろえられた赤い髪は、病室の窓から風が吹き込むたび、はらりと白い頬にかかって、コケティッシュと言えばいいのか、絶世の美女というわけでもないが、可愛らしい程度に似合ってた。濃いピンクの塗料で彩られた指先はくるくるとりんごを回し、器用に皮を剥いていく。女からは色んな匂いがした。りんご。ファンデーション。四種類ぐらいの煙草。男物の香水。ほのかな汗。男にチヤホヤされていい気になってる、遊んでる女の匂いだ。いい母親になる女の匂いだ。信じらんねえ、とオレは思う。
とプロシュートが一緒にいるときにオレが茶々を入れると、プロシュートは決まって不機嫌になった。あの超絶嫌そうな顔を、オレは永遠に忘れないだろう。その隣にちょこんって感じでいたは、ごくひかえめに言って、男遊びから一番遠い位置にいるような女だった。地味で、目立たなくて、髪が長くていかにも奥手で、でも笑うとわりと綺麗。この女を連れてきたとき、初めてオレはプロシュートの人を見る目に感心した。死んでも言わねえけど。
近寄るとほのかに石鹸の匂いがする、その女がオレはそんなに嫌いじゃなかった。まあ、別に、妊娠させたいわけでもないけど、といつもなら絶対に続けただろう台詞を、今回は噤んでおこうと思うぐらいに。それは飽くまでも同僚の恋人に対する、想いというには軽すぎた、ただの感想ぐらいの気持ちだが。男のオレから見ても美形な、同僚の隣で笑っていた、長い黒髪の、肌が白いだけの、別段美しいわけでもない、石鹸の匂いの女は、全然悪くなかったのだ。
「はい、メローネ、りんごよ」
へらへらした女の声が酷く遠くに聞こえた。喋るなよ。殺したくなる。りんごを刺したフォークを口に突っ込まれながら、オレは皮肉っぽくできるだけいやらしそうに見えるように笑った。
「男遊びは楽しいか?」
すると女は目を瞬いて、見るたびに銘柄の変わる煙草をいっぽん抜き出して口に咥えて火をつけた。似合いすぎた仕草。ふかーと煙を吐き出しながら、は物凄く無感動な目をして、いえぜんぜん、と言った。
「プロシュートがいたらこんなことしないのに」
煙草を灰皿に押し付けて、は笑う。
オレは自分で思っている以上に死んじまった同僚に対して友情を抱いていたらしい。
プロシュートが完璧に消えていればいいとオレは思った。魂とか幽霊とかふざけたもんになってませんように。オレもも置いてけぼり食らった点ではこの上なく気の毒で惨めだったが、ここに今プロシュートが居たら、惨め過ぎて泣きたくなるのはアイツのほうだろう。アイツは本当に石鹸の匂いのする女を大切にしていたのだ。見てると砂糖吐きたくなりそうなぐらいに。


自壊するシャボン玉