こんなに痛い思いをしたのは久しぶりだ。硬いリノリウムの床に横たわったまま、イルミくんの拳に開けられたお腹の穴の淵を撫でて、だからイルミくんの依頼なんか受けないほうがいいって言ったのに、と無駄以外の何者でもない独白をする。受けるなと言ったのも私で、受けたのも私なのである。そもそも大抵のことは一人で出来てしまうあのイルミくんがわざわざ人を雇うという時点で不吉だ、だから、やめろと。しかし私は仕事がないと生きていけないし、イルミくんはお金持ちなので料金も弾んでくれるのだった。この世にただのものなどない。部屋の外でガンガンガンガンガン、と石を斧で割ってるような音がする。ここ何処だっけ。なんかの、廃墟だったような気がした。音は振動となって空気を伝い私のお腹の傷口に響いて痛ませるのでかなわず、顔を顰めた。そもそもいつまでも寝ているからこういうことになるのだと思う。腕に力を入れて立ち上がると、存外楽に身体は体制を立て直した。血が体中についているが、もしかすると私のものではないのかもしれない。そこいらじゅうにも死体はあるし、もう忘れてしまったのである。取り敢えず音の主を片付けてしまおうとドアを開けると、狂人の目をした金色の髪の男が、怒声をあげながら陶器の大きな壷を振り下ろしてきた。腹に蹴りを入れて吹っ飛ばした。激痛に呻く。くそである。本当にお腹が痛い。能力で直しながら動いているのに、信じられない、こんなに痛いなんて。とんだ外道だがやはり世界一の殺し屋一家の長男なだけのことはある。

「生きてたんだ」

振り返るといつのまにやらイルミくんが立っていた。私が脂汗と血にまみれて漸く立っているというのに、イルミくんときたら衣服には汚れの一つもつけずにいて、相変わらず何を考えているのかさっぱりわからない無表情である。

「仕事はもう終ったよ。料金は振り込んでおくから」

と言い捨てる。そういえばさっきのガンガンいう音がやんでいる。いつ止まったのだろう。ひょっとしてイカレぽんちを蹴っ飛ばしてから痛がっている時間は私が感じているより長かったのだろうか。まあ、いいけど。ゆっくりと身体をイルミくんのほうに向ける。ピンヒールなど履いてくるんじゃなかったなあ、まあ指定されたんだから仕方ないけど、普通に歩きにくい。

「あのさあ、囮?に使うなら最初からそう言ってよ。じゃあ此処で分かれようね、って背を向けた瞬間依頼人から後ろからドカンって有り得ないよ。なんなんだよ」
「倒れながら一人殺したときは少し感心した」

やっぱり結構使えるねお前はとイルミくんは無感動に言った。言葉が通じないのは常のことだ。だってこの人自分の都合の良いことしか聞かないのだ。脱力とともに唐突な眠気に襲われて、近づいてきた思ったより広い肩に寄りかかる。頭の上から、連れて帰ってやってもいいけど有料だよ、という声。置いて捨てて帰ればいいよ面倒くさいなあと私は呟く。しばらくそのままでいたけれど、やがてイルミくんは私を肩に担いた。

「・・・ちょっとわたしお金払わないよ」
「今日はサービス」

特別だから。イルミくんはそう言って歩き出した。私は夜の外気を受けながら目を閉じて家に着くのを待ってる。お腹は相変わらず痛くてもう二度とイルミくんの依頼は受けない、と誓った。誓う。何にだ。イルミくんの拳が腹を貫いたとき彼がちょっとだけ残念そうな顔をしたことを私は知っていて、知っている限り多分また同じ鉄を踏むだろう。



(フレンズ2/イルミ)



マフィア的なものを攻めた後の話。隠れてる標的の一人をおびき寄せるために標的の恋人の変装させられて後ろからお腹に穴をあけられた(打ち合わせなし)