たぶん世界で一番おいしいパンケーキを切り分けて口に運ぶ。あまくてやさしくてふわふわで口の中が一気に幸せになるけど、ちょっと目線を上げると視界に入る男の姿があんまりにも衝撃的なので、いまいち食事に集中できない。なんというかすごく前衛的な絵画(溶けてる時計の絵とか、死神が戸口に立ってる絵とかみたいな)と向かい合って食事しているみたいなかんじ。この人選は失敗だったなあとぼんやり思いながら口を動かしていると、私の視線をどう好意的に解釈したのか、いや寧ろうんざりしていることに気付いている可能性のほうが高いけど、目の前のそいつは美形としか評し様の無い端整な顔をにっこりと微笑ませた。微笑んだのでなく微笑ませた。とても作為的で人工的な笑顔だ。思わず零れたというタイプの笑顔はどんなに愛らしくとも、人を怯ませるまでに美しくなることはない。

「おいしいかい?」
「おいしいよ」

私は少し考えてから、今日は付き合ってくれてありがとう、と一応お礼を言っておく。ヒソカは目を細めて、頬杖をついたまま器用に首を傾げてくすくす声をたてた。いいよヒマだし、という、普通に考えればとても優しいお返事は、居心地の悪さによりいっそう拍車をかけた。おかしいはずのものがまともであることが、こんなにも恐ろしいなんて初めて知った。いつものピエロのカッコで来ると私まで変な人に見られるからやめてね、と言ったのは自分なんだけど、まともな格好のヒソカは知覚過敏的な痛みで神経に障る。こんな美形だと思わなかった。さっきからちらちらと横のカップルの女のほうがヒソカに視線を送り続けている。こんなことならいくら法外な料金をふっかけられようといつもどおりイルミくんを付き合わせるべきだったかもしれない。シュールレアリズム絵画か守銭奴の殺し屋の二択。ヒソカかイルミくんしか誘えない(しかもイルミくんは有料)自分の身の上が物凄く情けない。このお店がカップル喫茶をやめてくれさえすれば、私は一人でこのおいしいパンケーキを思う存分食べられて、知人の少なさを嘆く理由もなくなるんだけどなあ。やめてくんないよなあ。溜息が出る。

「いつもはイルミと来てるんだってね?」
「うん。でも料金が高いから」
「ボクも見返りが欲しいな」
「え。タダで良いって言ったじゃん」
「今日は良いよ。初めてのデートだしね」
「デートねえ。まあ男女で一緒に出かけることをデートと呼ぶならデートかもね」

つれないなぁ、とヒソカは言うけれど、笑みを深くするだけで傷ついた様子もない。むしろつれない態度のほうが嬉しそうであることを知ってる。SなんだかMなんだか。サディストすぎて一周まわってしまったのかその逆か、まあ元がどっちでも同じことかもしれない。イルミくんにヒソカを紹介されたとき、彼の人物評が「変態」と一言で片付けられていたことを思い出した。本当に変態としか言いようがない変態である。一説によるとショタコンらしいし。私は他人の趣味にケチをつけるのは嫌いだけれど、バイの上に児童ポルノってのは流石にどうかなと思う。じとっ、と見上げると、やっぱり目が合って居心地が悪かった。ヒソカはもうずっと私の食事シーンを見続けているのだ。目を逸らさない。食事中凝視され続けるというのもなかなかうんざりする。逃げ道を探して何か食べないの、と尋ねるとヒソカはまた首を傾げた。テーブルに投げ出された、ケーキの写真がプリントされたメニューを指す。ヒソカはそちらに目を遣って、三秒。

あ、やばいなこれ、と思った。

「キミが」

目の色が変わった。同時に凄まじい殺気がやってくる。店内が急に静まり返っての気温がニ、三度下がった。ケーキを隣のテーブルに運ぼうとしていたウェイターがお盆を落とした。私を見下げる双眸は恍惚としている。赤い頬。浅い息。欲情。まともな格好をしていても変態は変態なのだ。

「一番おいしそうだね」

薄い唇が開いて舌なめずり。肌がびりびりする。私は後三口で食べきれるぐらいしか残っていないパンケーキを切りとって口に突っ込んだ。おいしい。けど、こいつやばい。ほんとメシマズな奴だ。失敗した。咀嚼しながらヒソカを睨み、冷めかけた紅茶をひとくち飲む。

「ほんと今日はありがとね。もうニ度と頼まないけど」

変態は噴出した。予測不能な男である。いいよキミ、を連呼。殺気が掻き消えて空気が和らいだ。傍で小鹿のように足を震わせていたウェイターも、凍り付いていた隣の客も、呪いが解けたように動き出す。

「いいよ、本当にイイ」
「何が」
「友達になろうよ。ボクがキミを殺すまでさ」

友達いないんだろ、と言われたとき頭に浮かんだのがイルミくん一人な時点で大分終ってる。大体イルミくん、前、「オレはの友達だけどはオレの便利屋」っておじいさんに言ってたし、ぜんっぜん友達じゃないのだ。寂しさは事実を誤認させてよくない。ヒソカだって全然友達になりえない。殺されるまで仲良くしてって、それ玩具じゃん。笑い続けるヒソカが何か言う。私はもう本気でうんざりして、パンケーキ最後のひとかけらを口に入れて噛みもしないで飲み込んだ。



(フレンズ/ヒソカ)