家庭教師をやってくれると聞いて少し身構えた。男女交際にもいそしまずひたすら真面目一本に歩んできた、というのは言いすぎだけどまあ要するに男性を寄せ付けない程度にアホ全開で遊びほうけていた私にとって友達の知り合いのお兄さんというのはいかにも危険な匂いのするキーワードだったのだ。いくら私が馬鹿で色気なしの童顔自称ロリ系であっても一応高校生、鬼も十八、番茶も出花。ひとり興奮した私は真昼のファミレスで紹介者の友人に向ってこう叫んだ。ウェイターのかっこいいひとがとても迷惑そうに私を見ていたが無視した。

「間違いとかあっちゃったらどうすんの!」

友達は眉間に三重ぐらいの皺を寄せこう言った。

「ねーよ。きもい」

まあその通りで、そんな心配は杞憂に終わった。紹介された食満センセイは非常に素敵でかっこよい大学生で教え子に邪な劣情を抱くような厭らしさは微塵も持たない誠実なひとだったのだ。聞くところによると喧嘩が強いのだそうだが、私に勉強を教えているときは非常に静かで小説等よんだりしていて、この前読んでいたのは司馬遼太郎の新撰組血風録、渋い、きゅん!とか私の心臓は明らかに病気のような音を立てて縮んだのだった。きもいですね。この前私も真似して図書室にあった司馬遼太郎・竜馬が行くを読んでみたのだが幕末の男たちが熱く、格好良く、花火のように鮮烈に散っていく姿に深く感じ入ってしまい、感動のあまり学校で鼻水ダラダラたらしてむせび泣いて、ってどうでもいいなこれは。とにかく食満先生はかっこいいという話です。

「どうした具合悪いのか?・・・・何にやにやしてるんだよ?手が止まってるぞ」
「あっ!・・・ここわかんないんですよー」
「わかんないとにやにやすんのか?」

食満センセイは私の問題週を取り上げて私の指差した問題を見ている。問題どころじゃない私は先生があまりにも眼鏡似合いすぎていて死にそうになる。いけめんめ。こんな顔で勉強もできるというのは反則じゃないのか。

「ほんとに数学できないんだなお前。受験どうすんだよ」
「見捨てないでください先生!先生が居れば大丈夫!」
「お前が頑張るならなー」

ちなみに私は数学大嫌いだ。学校でも追試受けたし。だって微分積分とかどうせ使わないでしょう将来。特に私は永久就職、すなわちお嫁さんを志望しているのです。爽やかに笑いながら私の頭をぽんぽんはたく食満先生の笑顔を眺めながら、どうせならもっと実用的なことを教えてくれればいいのに、とか思っている。なんだかなあ。私のほうがよっぽど不埒じゃないか。


(放課後の時間割)