オレは自分の頭があまりよくないことを知っている。オレはお前よりも、お前が思っているよりも、ずっとずっと多くの色々な事を知っているのだ。お前にも知らせてやりたいが、知らせたらきっと二度と口を聞いてもらえないだろうから黙ってるだけで。それは持たざるが故の知恵である、と言うとなんだか物凄く格好良く聞えるけれども実際なんのことはない。オレは自分が「此処で生きたい」と願っている世界で生きる為に必要なものを渡されなかったので、それを持っている奴が知らなくてもいいことを知っているのだ。お前も想像してみればいい。例えばのお話。お前は小学生で、今日の図工の時間に鋏を使うとする。先週の図工の時間に教師が、来週は授業で鋏を使うから持ってくるようにと言ったとする。お前は鞄の中を探す。一生懸命。教科書を出す、筆箱を出す、弁当箱を出す、遂に出すものがなくなって、お前は鞄を机の上にひっくり返してみる。消しゴムの滓と小さな紙くずが机に落ちる。お前は鋏を持っていないのだ。授業で使うのに。図工の時間中お前は必要なものを持たないまま過ごす。周りの子供が鋏を動かしている間お前は教科書を読んで俯いている。こうして場所を変えてみればお前にもわかるだろ?必要なものを持っていないということがどれだけ惨めであるかということが。どれだけ恥かしく頼りなくやる瀬ないかということが。オレは昔自分は鋏を持った人間であると考えていた。小器用で何でも人よりよく出来たから、自分の望む世界で自分のやりたいことをやって生きていけると信じていたのだ。恥ずかしい。無知だった。間違いだった。本当に持っている人間というのは、そのまま、本当に持っている人間ということなのだ。中学のときお前の試合を見たよ。お前らの試合を見たよ。人は光がなければ生きていけないが、強すぎる光は眼を焼くのだ。圧倒的な才能の前でオレは自分の無力さに気付いた。オレに才能はない。オレにバスケットボールの才能はない!オレが「バスケットが出来る」というのは、ただできるというだけであって、それ以上でもそれ以下でもないのだった。オレがいくら努力しても神様は微笑まない。お前は人事を尽くして天命を待つという。人事を尽くせば運命が自分の望むほうへ転がるのだと考えている。お前はこの世がそんなに丁寧に出来ていないことを知らない。お前がそんなことを知る必要はまったくないけれども、オレが人事を尽くしても天命は下らないのだ。

オレは、そんなことは百も承知の癖に未だバスケットにしがみついている。他のやりたいことを全て放棄して吐くほど練習している。そんなことしたって何の意味もないのに。お前とオレたちとは違うのだ。俺は、俺達は、どれほど努力したってお前に、お前の嘗て居たチームに、届いたりしないのだ。オレがオレを頭が悪いと思う所以である。わかってるくせに続けてる!酔狂にも程があるだろう。オレは自分の事を嫌いになってもおかしくないぐらいに変なことをしているのだ。だってそうだろドMだろ。

でも、だけど、なんでだ。

お前が努力しているのを見ている。綺麗な線を描いてネットを抜けるシュートを見てる。オレの努力とは違う報われるための努力だ。お前とオレとは違うんだ。わかってる。俺に天命はない。だけどお前が、そうなるって言ったら、本当にそうなるような気がする時がある。オレがお前の信頼に足る選手であるはずがないのに。何度だって思い知っているのに、これからだって思い知らされ続けるだろうに、お前が出来るって言ったら、お前が勝つと言ったら、お前がオレにそうしろって言ったら、俺には何だってできるんじゃないかって気がする時があるんだ。おかしいだろ。馬鹿だろう。でもオレはそういう自分が嫌いじゃない。嬉しくなるんだ。お前のシュートが入ると、お前にパスを出すと、お前がパスをすると、お前が笑うと、お前といると、どうしようもないほど嬉しいんだ。変だよな。本物の神様はオレに無理だって言うのに、お前が「やれ」って言ったら、俺はきっと出来てしまうような気がしているのだ。これじゃあなんだかお前がオレの神様みたいだ。

自転車の重いペダルを踏んで進む。お前は後ろでしるこを啜っている。誰が見てもアホみたいな光景だろうに、ギャグなのに、オレはきっと下僕にしかみえないだろうに、帰り道の向こうに広がる夕焼けの空は眩しくて、センチメンタルに目を細めた。綺麗な光だった。届かせもしないくせに痛くもなく優しかった。すぐに阿呆らしくなって笑い飛ばしてやろうと思ったが、お前が後ろで珍しく「綺麗だな」なんて言うから、俺は噛み締めた唇の隙間でそうだねーと語尾を延ばした。泣きたくなるほど綺麗なのは、お前と見ている空だからだろうなんて思うのは、あんまりにも陳腐で、知られたらきっと鼻で笑われてしまうだろう。




(きみは知らない)