朝なんとなく倦怠感を感じつつ目を覚ましてから、坂を転げ落ちるかのようについてない一日だった。

青信号で突っ込んでくるトラック、置き忘れた財布、野球部期待のルーキーのホームランに引っ繰り返された弁当。謝り倒す野球部の一年を尻目に、そろそろ殺すぞマジでと思ったことを、きちんと胸にしまっておく俺様って中々気が長い。まあ半分は八つ当たりなんだけど。売れ残りのコッペパンを齧りながら頑張れ我慢だとかなんとか歯を食いしばって涙を堪えているうちに、不幸とは続くもので、前田慶次に畳み掛けられて気が付いたら人混みの中。疲れてるのに。早く寝たいのに。隣にはご機嫌でペットの猿に話しかけてる馬鹿丸出しで軽薄さ全開の前田慶次、さらにその隣に無駄に押しの強い前田をふりきれなかったらしい長宗我部元親が非常にだるそうな顔をして空を見上げている。どうやら新装開店したショッピングモールか何かのイベントのようだ。前田の話なんていつも十分の一程度しか聞いてないのでよくわからないけど、男三人でよくわからないイベントに繰り出す意味なんかどこにもないことぐらいはわかる。酷い虚無感を感じて髪を掻き揚げたら前田越しに元親と目が合って、お互いついてねえなあといわんばかりに溜息。ほんとうについてない。こういうときに限って空は腹立たしいほどに青かった。マイクを持って喋る顔の小さい女の話を聞いていると思い出したように頭が鈍い痛みをもつ。エコーかかりすぎて五月蝿い。キンキン高い声はあまり好きじゃない、実は。そうこうしているうちにオレンジのウィンドブレーカーを着た女のひとたちが風船を配り始めた。白と赤。これ一斉に空に放すんだって。

資源の無駄だ。

女の人はニコニコしながら俺に白い風船を渡した。それを見ていた前田慶次は何を思ったのか俺の風船をひょいと取り上げて、「赤いほうが好きだろ?」とやはり満面の笑み言った。妙に口ごもる自分に首をかしげながら受け取る。受け取ってから前田に対して妙な怒りが沸いてきてまた首をひねる。ホント何なんだろうね今日の俺は。生理?溜息をついて空を仰ぐとふわりと浮いている風船の色は空の青に負けず劣らず鮮明で。あかい。

あかい。

「いちにいさん、」声が響く。白と赤の風船が一斉に空へと上がっていく。俺の目には燃えるような緋ばかりが網膜に焼き付きそうに輝いて見える。泣き叫びたいような得体の知れない衝動が身体を駆け巡る。堕ちていくような感覚に囚われながら俺は、いつまでも赤い風船から手を放せないでいた。


誰かが遠くで泣いている