学園に死体を置くの専用の部屋があることやその部屋が地下でどうやっても迷い込めない場所にあること、そしてそこが押し入れの中のようなどこか懐かしい饐えた匂いのすることを四年も暮らして初めて知った。鼻と耳に何か綿のようなものを詰められた友人は竹の床に座後を敷いただけの簡素な寝床(というのか、よくわからない)に横たえられて月並みな言い方をすれば未だ生きているみたいに見えた。よく見ると確かに血の気のない顔色をしていたし呼吸のための微かな身体の上下もないからそれは間違いなく死んでいるのだけれど、部屋は暗くて視界が悪く、隅のほうに置かれた行灯の光が何処からか吹き込んでくる風にふらふら揺れるたびに、それがその男の身体の動きなんじゃないだろうかと錯覚させたりする。鼻の綿を取ったら起きるんじゃないだろうか、とか、思って手を伸ばしたのを、ぐしゃぐしゃの顔をした三木エ門、唇を噛みすぎて血が流れ出している滝夜叉丸の両方から無言で止められて諦めた。伸ばした右手を引っ込めようとしたのだけれど私の手を掴む二人が少しも力を緩めてくれないので、三人で円陣でも組んだみたいな奇怪な格好のまま友人の骸の前に立ち尽くしているという、なんだか見ようによってはとても間抜けなことになっている。こういうものなのかとそこでようやくすとんと納得した。何も非現実的なことなどない、これは確かに現実なのだ。友人がひとり実習で命を落とした。ひた隠しにされる誰かの訃報をどこからか聞かされるたび、そんなことはないと教えられたとおり知っていながら、それがずっと遠く自分とは無関係なところにあるような気がしていたのだけれど。誰かにとってはきっとそれがごく近くの現実だったのだろう。ずっと。

「立派な最期だった」
「下級生を庇ったんだ」


もう焼いてしまうから、と入り口の前に立つ教師が言って、滝夜叉丸が私の腕を放した。続いて三木エ門も。三人で黙ったまま薄明かりの灯った廊下へ出る。去り際に振り返った友は、やはりついぞ口を開かなかった。足元も見えないほど暗い階段を上り外へ出る。外気は甘い味がした。タカ丸さんがいつものゆるい調子で片手を上げて駆け寄ってくるけれど、その目は真っ赤に腫れていた。滝も三木もいつもどおり、まるでそれが規則であるみたいに、いつもの鬱陶しい長すぎる挨拶を始めたけれど、どうにもわざとらしくて遣る瀬がない。私が黙殺していると、滝がぽつりと喜八郎は偉いなあ、と呟いて、あとの二人も黙ってしまった。別に偉くもなんともない。空気読めお前は、と思う。日の落ちた空は薄赤みがかった雲が掛かっていて雨がふりだしそうで、風が一歩進むごとに強くなっていくようだった。実習で負った背中の傷が、包帯の下でじくじくと疼いた。酷く疲れて空腹だったから食堂を通り過ぎるときの匂いは眩暈がするほど魅力的だったけれど、誰も立ち止まらなかった。長屋でタカ丸さんと三木エ門と分かれて、滝と二人で自室へ戻る。雨が、降り出した。

「もう、眠ろう喜八郎。疲れただろう」
「滝」
「何だ」
「おやすみ」

押し入れの中から鋤を取り出して肩に担いだ。ずしりと、その重みに安心する。滝夜叉丸はぽかんとした顔で暫く呆気にとられていたけれど、そのうちはっとして、私の袖口を掴んで力なく首を振った。

「やめろ。雨が降っているじゃないか。お前だって怪我もしているだろうに、無茶だ」
「今でなくては駄目なんだ。私は偉くないよ滝」

滝は口をつぐんだ。私が手を振るとその指先は簡単に袖を放して、彼はぺたんと床に座って小さく呻いた。泣き出しそうな顔をしていた。




急速に粒を大きくする雨が体中を打ちつける。水で濡れた土は柔らかい。鋤が地面を突く音も聞こえなくなるほど、雨風は強くなっていく。穴を深く深く掘った。手を伸ばしても地面に届かぬほど穴が深くなったとき私は泣いた。滝夜叉丸も三木エ門もタカ丸さんもそうできなかったやりかたで、こどものように大声をあげて泣きながら、更に深く掘り進めた。何かを探しているみたいに、何も見つからないと知りながら。



(そうやって生きていくから)